「水伝問題」。
この問題に不明の向きには書評「水は思いに反応する」というニセ科学への反論を参照いただきたい。 まあ、いくらなんでも、『ありがとう、と書いた紙を貼ると綺麗な水の結晶が』だの『クラシックだと綺麗な水の結晶ができるのに、ロックだと』みたいな『道徳』を、学校で生徒に吹き込むようなバカ教師はもういないだろうと思っていた。 ところが、前野[いろもの物理学者]昌弘のページによれば、まだいるのだな。この手のバカ教師が。 ■2007.6.17この後に続く、いろもの物理学者さんの抗議に対する教師の頭の痛くなるような回答は必読である。 いろもの物理学者さんの娘さんの感想が正鵠を突いている。 特に「クラシック音楽を聴かせたらいい結晶、ロックを聴かせたら悪い結晶」というところ(上には書かなかったけど、当然この話もしていたわけです)に強く反応してました。さよう、カガク的にどーのこーの言う以前に、ソコが大きな問題なのである。 そもそもこの話、本質的に、『道徳』の名を借りた『差別教育』なのではないだろうか。少なくとも、容易にその暗黒面に落ち込む危険性を持っていると思う。 なぜなら、モノゴトの判断基準を『キレイ』だの『キタナイ』だのに置いているところがそもそも差別性を内包しているからだ。 この『説』の言ってることは『美人だとキレイな水の結晶で、ブスだと汚い結晶』ということと同質である。 いや、もっと極端に言えば『アーリア人だとキレイな結晶で、ユダヤ人だと汚い結晶。だからユダヤ人は排除するべきだ』というのと同じ『道徳』なのである。 この手の『道徳』が、絶対に後悔する様なロクでもない『結果』しかもたらさなかったのは歴史の中で繰り返し証明されてきたことではないのか。 こういうヤバい『道徳』を、あたかも客観的根拠があるようにウソを付いてまで子供に教え込む教師はグールドの『人間の測りまちがい―差別の科学史』でも100万遍読んでから出直してくるべきだろう。
by SIGNAL-9
| 2007-06-19 10:34
| 奇妙な論理
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