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【近デジ漁り】逸話 その2 文学者編

 近デジ漁って見つけた逸話集の続き。

 例によってかなり端折ったり盛ったりしてるので、原文の引用ではない。ご注意のほどを。

『文壇風聞記』(妖堂居士 編 明治32)

 幸田露伴が箱根の温泉に遊んだときの話。
 露伴は筮竹占いが趣味だったので、女中の運勢を占ってやったりしていた。
 ある日、お客の金が紛失するという事件が発生した。
 相談を受けた露伴は、女中を残らず集め、筮竹を鳴らしながらこう宣った。

 「なくなった金は、何かのものの下から出てくるだろう。もしも人が盗んだものなら、三日以内に犯人が捕まるだろう」

 その夜、無くなった金は一銭も失わず布団の下から出てきた。
 集めた女中の内にいた犯人が、占いを聞いて恐ろしくなり金を返したのだろう。

 占いが見事的中したと評判になり、
 「台所の魚が盗られたのですが、犯人は犬でしょうか、猫でしょうか。ちょっと占ってください」
 などということまで相談されるようになり、露伴は大いに辟易したとか。


 尾崎紅葉の学生時代の綽名は「漢方医」だった。
 尾崎が大の数学嫌いだったためで、算嫌い=さんきらい=山帰来(漢方薬に使われるツル科の植物)に引っかけたのである。


 福地櫻痴が『新小説』誌に『春雨傘』という作品を掲載した時のこと。
 新型の傘と勘違いしたのか、「上製三十本大至急」という注文が来た。


 饗庭篁村が朝日新聞の連載小説を引き受けたとき。
 挿絵のための打ち合わせや注文があまりに煩雑なのにキれてしまい、

 「小説は文章で意を述べ事を叙するものだ。なんで挿絵の力を借りる必要があるんだ? 挿絵の力で人を感動させるのだったら、むしろ文章なんか不要だ! ぼくは今日限りで文壇を引退する!」

 利にさとい朝日新聞社主は、字だけの小説は婦女子の人気がすこぶる悪いことを心配し、ひたすら篁村を説得した。
 篁村も最終的には折れ、小説は挿絵入りで発表されたが、篁村はその挿絵の上にこう断り書きを入れた。

 「この絵は小説の挿絵にあらず。小説が挿絵の説明をなすのみ


 泉鏡花は自分の草稿に他人が手を触れることを極端に嫌悪した。
 ある人がこれを知らず、何気なく鏡花の原稿を手にとって一読したるや、鏡花は原稿に付いたケガレを払うために、神棚に上げてある酒瓶から原稿用紙に酒を注ぎかけた。

『文壇失敗談』(文壇楽屋雀 編 大正5)

 泉鏡花は凝り性・完璧主義で知られるが、学生時代から外国語だけは苦手だった。
 だから酔っぱらうと今でも

 「世界で俺の嫌いなものは、ロダン親爺にトルストイ」
 などと駄句るのだそうだ。


 「神武天皇も幡随院長兵衛もギリシャ人である」などの怪説で気の弱い学者を煙に巻いている木村鷹太郞が、ある日、知人と呑みに出かけた。
 酒の席でも「神武帝の東征というのは実はイタリア遠征だ」「神功皇后の三韓征伐というのはエジプト征伐である」「在原業平はナイル川のフラミンゴだ」などとトンデモない説で気炎を上げる木村に、知人が質問した。

 「じゃあ、木村鷹太郞はギリシャでは誰に当るんだい?」


 ある日、巡査がみすぼらしい身なりの男を見とがめて職質を行なった。
 「名前は」
 「西田」
 「職業は」
 「京都大学に勤めている」
 巡査はさっそく京大に「西田という小使いはおらぬか」と問い合わせた。
 京大の答えは「そんな名前の小使いはいない」。
 ますます怪しんだ巡査は男を詰問したが、拘束するほどの証拠はなかったので、「西田幾多郎」というフルネームを確認した上でその場は放免した。

 数日後、「西田幾多郎」というのが”西田哲学”で知られる京都帝国大学教授・哲学者の西田博士だと悟った巡査は署長と一緒に詫びに行ったという。


 国木田独歩と呑みに出かけた田山花袋。二人ともぐでんぐでんに酔っぱらって、独歩の家まで帰り着いた。
 酔眼でテーブルの上を見ると、旨そうな羊羹が一切れある。
 元々甘い物にも目がない花袋、ひょいとつまみ上げるとパクリと頬ばった。
 あにはからんや、羊羹と思ったのはマッチの空き箱だった。


 帝大生たちの間で「三四郎」という代名詞が使われている。
 これは言うまでもなく夏目漱石の「三四郎」から来ている新語で、「一高を経ないで、地方の高等学校から帝大に入った者」という意味。
 本郷の通りでは、一高出身でないものは誰彼構わず「フン、三四郎か」と言われるのである。


 自然主義文学の雄、岩野泡鳴の特技は投石だった。
 「木の枝の鳥を狙って投げれば百発百中さ」と自慢していた。

 ある夕暮れ、友達と一緒に芝公園を散歩していたら、向こうの木陰になにやら白いものがチラチラ覗いている。
 てっきり小鳥だと思った泡鳴は、落ちていた瓦のかけらを拾い投げつけた。
 狙いあまたず見事命中したのは、立ち小便をしていた通行人のイチモツだった。

『名士の笑譚』(吉井庵千暦 明33)

 出版社の春陽堂が幸田露伴に原稿を依頼した。
 が、露伴は気むずかし屋で、意にかなわないと筆を執らない性格。
 何十回催促しても原稿は出来上がらない。
 業を煮やした春陽堂の主人は露伴を自宅に招き、原稿を書かせることにした。
 露伴のご機嫌を良くするために、高級料亭から料理を取り寄せ歓待した。
 さんざん呑んで喰って、機嫌が良くなった露伴は、ようやく筆を執って机に向かい原稿を書き始めた。
 主人はしめしめと思い、邪魔をしないように階下に降りて完成を待つことにした。
 やがて夕方。
 主人が様子を窺うと、酔っぱらった露伴は雷のような鼾をかいて寝ていた。
 机上には二・三枚の原稿が書き散らしてあった。
 主人が内容を確認してみると、あにはからんや、それは頼んでいた原稿ではなく、翌日の国民新聞に載せる小説の続きだった。


 『翻訳文範』なる本の編纂を計画していた人が森鴎外に相談した。

 「世の中の、翻訳と称するシロモノの大半は意訳で、内容を勝手に増減したりして、その趣味すら十分に伝えるものは少なく、青少年に間違った知識を与えるものも少なくありません。
 どこかに一字一句原作に典拠していて、かつその趣味を十分に伝えている、模範になるような名訳はないでしょうか」

 これを聞いた鴎外、自分が翻訳した本を差し出して、
 「どっからでもお抜きなさい」

『現代名士抱腹珍談』(語句楼山人 大正1)

 夏目漱石は蔵書家としても有名。それゆえ、非常に火事を恐れていた。
 ─― いつ何時どこから火事が起こらぬとも限らぬ。大切な本を守るためにはどうしたらよいか ――

 漱石が三日三晩考えた結論は、大きな袋を五十ばかり用意することだった。
 いざという時には自分と奥さんでその袋に本を詰め込んで、担いで逃げるつもりらしい!


by SIGNAL-9 | 2013-04-01 12:13 | 読んだり見たり
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