今日はちょっと趣向を変えて、本の紹介ではなく近デジを漁っていて目に付いた小ネタについてひとくさり。
現代ではギャグ的に使っている例をのぞいては殆ど見かけないが、近デジが扱っている時代(明治~昭和初期)では、伏せ字は珍しくない。 例えば、特に大正中期以降の本だと、「天皇」の二文字は、否定的な文脈ではないにも関わらず伏せ字になっているものがある。畏れ多い、ということなのだろう。 甚だしくは、毎度おなじみ酒井勝軍の『進んで○○を敵とすべし』みたいに題名から伏せ字になっているものまである。 本文読めば判る―どころか、開巻四行目で伏せ字にせず書いてあるので、これは目を引くためか、逆に検閲逃れのためか、要するにある意図を持って故意にやってる伏せ字だろうが。 伏せ字といってすぐに思いつくのはいわゆる「エログロ」方面だが、実際にはこれも、「故意の伏せ字」が多いと思う。 一例を挙げる。 『淫風猥俗肉慾世界』というすごい書名だが、現代(明治40年)の政財界の紳士面した連中が陰でやってるヒドいことをバクロする、的な本である。 引用部は、現在は「元老中の元老」に収っている「勲位他に類なき某老侯」がかつての主人の息女に対して暴行に及ぶシーン…を見てきたように描写している部分。 「……」を伏せ字の記号に使ってるのはちょっと珍しい。 ご覧のように、別に伏せ字にしなくてもなんてこと無い文章で、これは明らかに効果を狙った「故意の伏せ字」である。 そもそも、ブンガク作品なんてのは表現はいくらでも書き換えが出来るわけだし、伏せ字にしたくないのなら、問題にならないように表現を変えるのが文士の能力だろう。 こういう作為的なモノではなく、「ああ、これはホントにマズかったんで、編集の手が入ったんだろうな」と忖度させてくれるものではないと伏せ字とは言いたくないではないか。 『大正の大震災 惨禍実況』(奥豊彦 大正12) と、こんな調子で伏せ字を使っているのだが、同じページで時の政府が出した虚言浮説取締まりの勅令を引用しており、その中に『今次の震災に乗じ一部不埒鮮人の妄動ありとして』と書いてあるので、伏せ字にしている意味がない。 いや、意味がないは言い過ぎか。要するに著者および・あるいは出版人が「俺たちは伏せ字にすべきだと思ってるんだ」と旗幟鮮明にする以外の意味はない。 ま、早い話が、特に何も考えておらず、習慣的にマズそうな単語を伏せ字にした、ってあたりが真相なんじゃなかろうか。 かなり極端な例がコレ。 『山窩の生活』(鷹野弥三郎 大正13) 何が何だかわからんちゅーねん! とお約束のツッコミはしたが、実際には「何が何だかわからない」ことはないな。 ちょっと近現代の風俗史や人権問題に関心のある人ならこの文章が何を言わんとしているかは容易に推測が出来るだろう。 そう、明らかに○○○○○○○○○○○○で、○○○○や○○○○、○○○○には○○○○○○○○。○○○○○、○○○○○○○○が○○○○○○○○○○○。 文脈が文脈なので、たしかに現代でもおおっぴらに開陳するに憚られる文章だが、こんだけ伏せ字にするくらいなら書き直すなりすればいいんじゃないかなぁ…というのは、平和ボケした現代人のあま~い考えなのかしらん。
by signal-9
| 2012-08-14 23:04
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