こういう本はできれば褒めたいのだが、残念ながらいまひとつ、という感想。
端的にいえば、『妖怪手品』というキャッチーな言葉で著者が表そうとしている「概念」が、曖昧すぎるのだ。 「幽霊出現などの怪異現象を種や仕掛けによって人為的に作り出す娯楽」という『定義』には、時代とか表現メディアを規定するような要素が含まれていない━というか、P.25によれば意図的に除いたそうなのだが、俺は、この「再定義」はやりすぎだと思う。 この定義は、「あとがきに代えて」の章がいみじくも示しているように、宴会芸からお化け屋敷、歌舞伎、推理小説から映画まで、近代のすべての『時代』・メディアの「娯楽」をカバーしてしまう。 この種の概念にはある程度の(例えば、「享保年間に伝授本という形で流布された、幽霊出現などの怪異現象を種や仕掛けによって人為的に作り出す、ちょっと笑える方法」みたいな)制約を付けないと、何も定義していないのと同じことなのではないか。 例えば、オプティカル合成などのいわゆる『特撮』以前の、日本の初期の怪談映画には、歌舞伎などの「早変り」を応用したと思われるシークエンスが見られることは俺みたいな偏った映画ファン(笑)ならよく知っている(化け猫映画などに良い例が見られる。色の異なったメイクアップで、ライティングを切り替えることで一瞬に「変身」したように見せるとか)。 これなぞ、著者基準で言えば典型的な「妖怪手品」だと思うのだが、いまさら「新しい用語」で分類する必要性があるとも思えないし、どう考えても直接的に江戸時代の伝授本と関係があるとは思えない。 あるいは、手品的志向のある推理小説として江戸川乱歩を挙げるのはよしとしても、推理小説ファンなら「乱歩が含まれるんだったら、ディクスン・カーはどうなの」とか「『バスカビル家の犬』なんか、人為的怪異現象なんじゃね」とか、いくらでも「これはあれは」を挙げられるだろう。 畢竟、『妖怪手品』とは、「著者が知っていて、『妖怪手品』的だと思ったもの」という恣意的・同義反復的意味しかないような気がしてならない。 正直、本書を読んでいる間に「牽強付会」という四文字が何度も頭をよぎった。 もう少し概念を整理するなり、体系化するなりしないと、せっかくキャッチーな言葉なのに使い勝手が悪いんじゃなかろうか。
by signal-9
| 2012-06-18 22:46
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