明治末期、千葉県安房郡の館山町に、北尾興太郎という人がいた。 典型的な因果応報ものである。 個人的にはこの手の「怪談」は余り好まない。 柴田宵曲は名著『妖異博物館』でこう言っている。 先ず幽霊の発生しそうな事実を作り、然る後本物が登場する順序に及ぶ。その前提の事件なるものは、例外なしに不愉快な葛藤である。これらの怪談は如何に夏向きであっても、所詮吾々の趣味の外に在ると云わなければならぬ。まったく同感。 「奇怪きわまる現象」は、その現象自体の話だけの方が、不思議感もゾクゾク感も強い。 解釈によって原因を創作してしまい、抹香臭い説話もどきにされてしまうと、せっかくの奇談もおもしろさ激減である。 宗教化・陰謀論化しちゃったUFO話がまったく面白くなくなったのといっしょだ。 じゃあ、なぜこの話を紹介したかというと、呪われたトウモロコシのビジュアル・イメージが中々だと思ったのと、この話には例の建文流心霊学の解釈がついており、それがおもしろいと思ったから。 かの投身女の最後の一念が、憎い姑の畑物に祟るべく決心して構案の結果、子持ちの不具実や頭髪模擬の毛や、怪奇な斑点やの意匠を抱いた無数の分霊となり、作物の幹茎に侵入する。ただそれだけの事であの様な醜怪な結実が行なわれる。「霊魂分子」つーネーミングはいいなぁ。 建文の心霊科学の特徴が見えていておもしろい。 建文は「霊」はあくまでも「物理的実体」、即ち、量があって分割も可能で増えたり減ったりする、と考えていたわけである。 【2012/08/18追記】 『遠野物語と怪談の時代』(東雅夫 角川選書 平成22年)を再読していて気が付いたのだが、明治35年の『文藝倶楽部』誌上に連載された「日本妖怪実譚」の十月号に「嫁の怨念」(雪渓生)という記事が掲載されていて、その内容は『姑にいびられ井戸に身投げした嫁の祟りで、異常な作物が実る』という話なのだそうだ(実物は未見)。 直接の引用とは限らないが、これが元ネタかな。 【2012/12/27追記】 近デジを漁っていたら怪談百物語妖怪研究( 川村孤松 大正4) という本を見つけた。 妖怪研究の為に全国漫遊し実地調査!という前書きで、おおっ!と思わせるが、尻すぼみで後半はフツーの怪談本になってしまうという残念な出来の本だったのだが、この中に「同じ話」が集録されていた。 著者が体験者である夫から直に採話した、という触れ込みなのだが、館山という場所、姑と嫁の名前、事件の経緯などがほぼ同一。 その割に発生した時代は合っていないなど細部は異なる。 建文の直接の元ネタはこっちの方かも知れない。 【2013/02/25追記】 2月に近デジに追加された本を漁っていたら、実説妖怪新百話(臆病古武士 著 明39)にも同じ話が! こっちは百物語会で語られた怪談話の一話というテイだ。おまけに上記『怪談百物語妖怪研究』より前の本。 もうこうなると「元ネタ」とか言うのもむなしい作業だな(笑) けっきょくこの「怪談」、かなり広範囲に流布していたモノみたいだ。
by signal-9
| 2012-02-03 14:15
| 奇談・異聞
|
カテゴリ
全体 一般の話題 奇妙な論理 奇談・異聞 秋葉原 研究(笑) 町歩き 古い話 東電災害 電算機関係の話題 情報保護・セキュリティ 読んだり見たり TIPSとかKludgeとか 拙作ソフトウェア 未分類 最新の記事
記事ランキング
以前の記事
最新のトラックバック
その他のジャンル
ブログジャンル
画像一覧
| ||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||