そもそも建文は何故、柳田國男とマブダチになったのだろう。
二人の親交がどんないきさつでいつ始まったのかは不明だが、人が友達になるには、趣味や嗜好が共通してるから、ということは大きな要因のひとつのはずだ。 浅野和三郎の苦言 岡田氏受持の部門には多数の寄書其他が載せられて居る結果、一方からは色とりどりの面白味もありますが、他方から観れば頗る雑駁この苦言を逆に捉えると、建文の編集眼・モノゴトの選択眼は「色とりどりの面白味」がある、ということだ。 浅野のような学者肌の人間には「頗る雑駁」と見えるほど「色とりどり」な不思議を収集し、記録している。 だが、民話・民間伝承―今風にいえば『都市伝説』―を収集する観点からいえば、これはこれで、アリな手法といってよかろう。 奇談・異聞なんてものは昔からそういう風に、バラエティ豊かに集められてきたのである。「耳袋」しかり。「甲子夜話」しかり。「雲霞綺譚」や「諸国里人談」も。 テーマとか作業仮説とかそういうご大層なものとは無縁に、ただ「不思議」「面白い」「恐ろしい」といった原初的な理由で。 つまり、建文には元々、今で言う民俗学的な嗜好があったのだと思う。 柳田は『山の人生』の中で、後に建文の『霊界談淵』が収められる天行居の『幽冥界研究資料』に言及している。 また建文は大正14年(1925)半ば頃から数本の記事を、心霊専門誌ではない一般紙(『日本及日本人』)に寄稿しているので、柳田は建文の文章を読む機会もあっただろう。 ここで俺の得意技・根拠薄弱な推測を炸裂させるが、柳田はおそらく、建文の文章に、自分と共通する「いろいろめずらしき話」に対する嗜好を読み取ったはずだ。 そして多分、前回指摘したような建文の能力的限界や、「理学に対する果し状」を送りつけてアカデミックな場で争う困難さに気づいていたのだろうと思う。 (『動物界霊異誌』と、柳田山人論の終尾『山の人生』が同じ叢書に入っているのは象徴的だ。さらに想像を逞しくすると、もしかしたら柳田の脳裏には、自分の「山人論」を巡るいきさつ-南方熊楠らからのダメ出し-が過ぎったのかもしれない) 建文が記録した数々の奇聞は「行く行くこれを支配する法則が、この中から発見せられる希望を我々に与える」が、その法則の発見自体は建文の手に余る、と柳田は見通していたのではないか。 だから柳田は、ヘンな理学(心霊学)的解釈はなるべく入れず、いわゆる民俗学的採話に努めるよう、つまり「いろいろめずらしき話」の紹介に注力するよう忠告したのではないか。 西洋でも神霊学会の人々には、最初から理学の力を見放している者が多い。さうして居ながら可なり敏感に、いはゆる唯物論者の批判を気にかけて居るのである。そんな風だから余計に論証があり主張がある。しかし自分等の知る限り、今だけの人間の知識であらゆる世の中の不思議が説明し得られると、公言した学者は一人も無く単に素人の中にさう過信する者が時々あるだけである。そんな連中は最初から構ひ付けぬ方がよかつたのである。 けしからぬ者は通例事実をよく知らぬ人の中に多い。前から先生の論法を予期して、さうだと直ぐいふ者にはこれ程の証拠は無用である。同派引導と異派退治とを、一つの本で片づけるのは混乱に陥り易い。まづ事実をもつて未信者を動かし、説明は尋ねてくるまでお待ちなさるようにつまるところ、柳田は建文に、「こっちへ来い」と勧誘しているのではないか、と思うわけだ。 そしてこの柳田の忠告を、建文はある程度受け入れた様に思われる。 確かに『動物界霊異誌』は、それ以前の同趣向の奇談集『靈怪談淵』に比べると、幾分「証拠だけをまづ例示して、心霊理学はほんの少しばかり、片端の方に説いてある」状態になっている。 (とはいえ、『靈怪談淵』で「念写すなわち思想が写真の乾板に焼き付くのは…人間の思想は心霊の末梢であって、一種の荷電性の光線を放射するもので…その思想の光線は眼から盛んに放射する」とかいってた<謎の光線>を、「精神光波」と名付けた上に「狐は尾っぽからこの精神光波を出して人間を誑かす。 人を化かす狐が尾っぽを縦や水平に動かすのはこのためである」とか、相変わらずの超心霊学をブチかましてるのだが) そして『動物界霊異誌』からおよそ九年後に出した『霊怪真話』の「自序」では、建文はこんな風に言っている。 多年の研索と体験とで、この世に超科学と見るべき霊怪や奇蹟とか言うべき事蹟が、予期しないほど多くあったことは、現代に一大権威として巌立する自然科学なるものの勢力圏の、案外に矮小であることに驚かれる。基本的主張は変わらないものの、そうとう穏当になってきている。 事実『霊怪真話』は『靈怪談淵』や『動物界霊異誌』に比べると「心霊学的解説」や「既存科学批判」がぐっと少なくなっている。 別に建文が心霊主義と決別したわけではない。 『霊怪真話』とほぼ同時期に上梓した『奇蹟の書 心霊不滅の実証』はガチガチの心霊学の解説書である。 だが、そこにも変化が見える。 『奇蹟の書』は心霊学の解説書である。つまり柳田いうところの「同派引導」の性格であるため、事例の列挙ではなく、理論説明の方に比重が置かれている。 それは実際のページ数でみれば明らかだ。 『奇蹟の書』は心霊学解説部分が事例部分より遙かに多い。『霊怪真話』と正反対である。 柳田の助言に従って、民俗学的なモノと心霊学的なモノを、建文が 意 識 的 に切り分けていたのかどうかはわからないが、建文の著作の変化には、柳田の影響があったことは確かだと思う。 以下次回。
by signal-9
| 2012-01-30 15:21
| 奇談・異聞
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