地雷を踏む勇気 ~人生のとるにたらない警句 小田嶋 隆
処女作「我が心はICにあらず」を読んだとき、「もしかしてこの男、日本のバーナード・ショーたり得るのではないか」と注目したのだが、その後はいささかアレな感じだった。 とはいえ、凡百の「似非イスト」だの「混乱ムニスト」に比べればはるかに読ませるので、つかず離れずという感じで読んできた。 本書は、あのころのオダジマな感じ。読ませる。考えさせる。 「今年」の姿は出来る限り記録として残しておきたいと思う。これは「今年の空気」の一部分を活写した記録として後世に残す価値がある。 読了後、さっそく図書館に献本しておいた。 検証 大震災の予言・陰謀論 “震災文化人たち”の情報は正しいか こっちの方は、ちょっと「うううううううん」な感じ。 いや、内容はいちいちごもっともなことが多いし、特に海外メディアに関するアンドリュー・ウォールナー氏の記事は記録としても貴重と思う…のだが。 前にも書いたけど、俺は少なくとも現時点では、震災や原発事故に関する諸問題を、「ニセ科学」だの「トンデモ」だの「陰謀論」だの的なラベリングで一刀両断する戦術の有効性には疑問を持っている。 『地雷を踏む勇気』と続けて読んだから、よりいっそう感じるのかもしれないが、結局のところ、『検証 大震災の予言・陰謀論』の方はいったい「現時点の誰に向けて」書いてる本なのかがよく分からないのだ。 批判対象として選択されているモノ・ヒトは、ある観点から見れば「明らかに不公平・非対称」な選択と見られても仕方がないと言わざるを得ない。 対立軸はいろいろあるにせよ、俺は概ね「ややASIOS寄りのニュートラルな立場」と自認しているのだが、その俺でさえ、この本の批判対象の選択にはけっこうな「バイアス」を感じてしまった(「このヒトを取り上げといて、なんでこのヒトはスルーなの?」みたいな)。 もちろん、公平に批判すべき対象(声が大きい、すごく「変な」モノ・ヒト)を選ってみたら結果的にそうなった、ということかもしれないが、現時点ではこの種の「バイアスを疑わせる」だけで戦術的には「損」なんじゃなかろうか。 構成にもう一工夫・配慮があった方がよかったかなぁ。
by signal-9
| 2011-11-21 13:14
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