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一般ゴミから放射線 汚染源はなんだろう? その2

 いささか古新聞であるが、東京都23区清掃一部事務組合のHP【報道資料】放射能等測定結果及び焼却飛灰の一時保管について(第2報)(平成23年7月21日)(PDFファイル616KB)が掲示された。

 以前から調べるべきだと主張していた、「排ガスの放射能濃度測定結果」が記載されている。
残念ながらまだ大半が「分析中」「7月下旬採取予定」で空欄のままだが、分析の終わった板橋・光が丘・江戸川はいずれも「不検出」。また処理に伴う放流水も現時点では「不検出」。板橋・光が丘・江戸川など、いずれも飛灰処理汚泥からはそれなりの量のセシウムが検出されているので、「大半が清掃工場施設内でトラップされている」ということを期待させる。
 続報を待ちたい。

 付属している「放射線量等についてよくいただく質問と回答」というFAQをみると、
Q1.清掃工場の灰から高い放射能が検出されたのはなぜですか
A1.東京電力福島第一原子力発電所から排出された放射性物質が原因であると考えています。ごみの種類を特定することはできませんが、放射性物質が焼却に伴い濃縮されたものと考えています。
 なんて呑気なコメントがあるが、「ごみの種類を特定することはできません」などという投げっぱなしジャーマンみたいな話ではなく、なんとかゴミの種類を特定する努力が必要だと思う。

 特定まで行かなくても、せめてある程度絞り込みができないものか。

 以前も書いたが、汚染源は何なのか、というのは誰しもが抱く疑問であろう。

 第一報(6月分)と第二報(7月分)を比べてみると、トラップされているセシウムの量はほとんど変わらないようだ。濃縮された飛灰のセシウムの合計で見てみると、桁のオーダーではほぼ変わっていない。

 少なくともこの一ヶ月間、ゴミに含まれるセシウムの量がまったく減っていないということは、継続的に発生し、どの清掃工場でもまんべんなく検知されているということは、ごく一般的なゴミ、ということが推測できる。

 現状までの知見だと、俺が思いつくのは草木や落ち葉などだが、23区の可燃ゴミの組成の調査結果ではそれらは全体のたった9%程度とのことなので、ちょっと収支的に納得がいかないのである。
 かといって、紙だの一部のプラスチックなどにそうそう付着しているものでもなかろうし、食品汚染起因で生ゴミというのも量的に納得がいかない。

 別に興味本位だけで調べるべきと言ってるわけではなく、
  • ゴミの種類によっては前処理段階でもっと効率的に除染出来るかもしれない。
    例えば、事前に分別したり、洗浄処理などで洗い流せるのであれば、後工程での飛灰での高濃度濃縮を抑制するなど、処理システムをより効率的にすることができるかもしれない。
  • こういう種類のゴミが主要な汚染源である、ということが周知できれば、一般人の行動の選択の幅が広がるかもしれない。
と思うからだ。

 いずれにしても、この焼却灰問題は解決しないとシステム自体が立ちゆかなくなる恐れがある。東京都23区清掃一部事務組合のもう一がんばりを期待したい。
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by SIGNAL-9 | 2011-08-02 15:09 | 東電災害 | Comments(0)

「物理的に存在するが一般人が認識できる形では存在しない」

 評論家の立花隆氏が月刊「文藝春秋」7月号の巻頭随筆で、東京文京区本郷の菊坂にある「樋口一葉の井戸」が「住民の希望によって」「一切排除」されたと主張。
そこは昔から文学通の間では樋口一葉旧居をしてよく知られている露地だった。しかし、いまは存在しない。
そこにそのような露地や井戸があったことを示す説明パネルすらない。
あのあたりは、樋口一葉旧居だけでなく、近代日本の文化遺産的史跡がゴロゴロころがっている地域なのに、その最大の遺産を一部の住民の意志で全部放り投げてしまったのだ。
→目黒区議の須藤甚一郎氏がツッコミ。須藤甚一郎ウィークリーニュース! 2011-06-15「640号 立花隆が本郷の樋口一葉の井戸消滅を嘘の随筆を「文藝春秋」に! 」
12日(日)の午前10時ごろ、家をでて菊坂の一葉の井戸に向かった。都営三田線の「春日」で降り、菊坂の下から上っていった。
菊坂の中ほどで右へ階段を降り、紫陽花が満開の露地の入り口を入っていくと、何の変わりもなく、褪せた緑色の丸い土台の手もみ井戸があった。一葉の井戸だ。汲んだ水をバケツにいれる樋(とい)の先に、つける白い木綿の井戸袋も替えたばかりで真っ白だ。デジカメで写真を撮った。

「立花隆は、嘘ばかり書きやがって!」と腹が立った。
立花は、現場にいって確認することをせず、菊坂を久しぶりに歩いたを嘘をつき、その上「その最大の遺産を一部の住民の意志で全部放り投げてしまったのだ。」と住民エゴで、最大の文化遺産を葬り去ったと嘘っぱちをデッチ上げた。
何が評論家だ、ジャーナリストだよ。菅直人を一緒で、ペテン師で嘘つきめ!
→「週刊新潮」が『地元住民も耳を疑う「知の巨人」の仰天随筆!?『文藝春秋』巻頭に「立花隆」が書いた虚構の光景』記事化(引用元は須藤氏のブログ
“知の巨人”は一体どうしてしまったのか。
立花隆氏(71)が、文藝春秋に書いた随筆に地元住民が憤慨しているのだ。何しろ、現存する史跡が住民のクレームで葬り去られたと書かれ、確かめたことになっている役所も「問い合わせはなかった」というのである。
 俺もたまーにこのあたりは散歩するのだが、問題の路地は確かに判りにくい場所ではある。
 2年くらい前に『モヤモヤさま~ず2』の『湯島』の回でも取り上げられていたが、まさに「モヤってる」場所で、メインの通りの一本裏だし、家と家の間の狭~い路地の奥なんで、探す気でいかないと、まあ絶対に気づかれないようなところだ。

 須藤氏の批判記事が出た後で、菊坂の近所に用事があったので念の為に見に行ったのだが、須藤氏の記事通り、井戸も路地も健在である。もともと案内板があったのかどうかは記憶していないが、「なんだ、ちゃんと前の通りじゃん」と安堵したんである。

 で、「立花隆、やっちまったなぁ」と思っていたのだが、須藤氏の続報に依れば、立花氏は「文藝春秋」8月号でこう弁明したのだそうだ。
前号、樋口一葉旧居があった露地が消滅したと書いたところ、それは今も存在するとの異論が一部で報じられた。それは物理的には存在するが一般人が認識できる形では存在しない。かつてそこに至る道案内が幾つもあり、その場所そのものにもここがそうだという公的な表示があったが、今はそういうものが一切消えている。
それは物理的には存在するが一般人が認識できる形では存在しない。

 いやいやいや、いまさら「案内板」だけのことだなんて強弁しても、無理だから。立花氏の元記事、どう読んでも路地も井戸も地元住民が撤去させたとしか読めないから。

 しかし、さすが立花隆、言い訳も名文句だな。「物理的には存在するが一般人が認識できる形では存在しない」。

 一葉の井戸はなんかオカルト的な物件にでもなっちゃったんだろうか(笑)

 素直に「誤認でしたすみません」と何で謝れないのかすごく不思議だ。
 人間誰しも勘違いはある。案内板の撤去(されたのかどうかは俺は知らないが)自体に問題を変更したいにせよ、まずは誤りを認めりゃあいいのに。

 さてそういえば、菊坂の近所にある、築106年の歴史ある本郷館はいよいよ取り壊しが始まったようだ。
 この震災の後、通りがかったのだが「うわ、無事に建ってるよ!」とびっくりした。失礼な話だが、あの震災の直後、俺は「倒壊」してるんじゃなかろうかと思ってたのだ。それぐらい古いのである。

 106年も建っていた、滅多に見かけない木造建築物だ。個人的には「もったいないなあ」と心底思うが、所有者の立場からすれば、取り壊しはやむを得ない選択だろう。
 保存するにもカネはかかるし、もしも何か事故でもあれば所有者の責任になるわけだし。
 「文化遺産的史跡だから残せ」、耳に快い言葉ではあるが、オカネの裏付けのない要求というのは、なんとも上滑りした説得力のない言辞だと思う。

 「物理的には存在しないが、みんなの心の中に存在する」つーことで納得するしかないんだろうなぁ。
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by SIGNAL-9 | 2011-08-01 17:03 | 奇妙な論理 | Comments(0)