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さよならジュピター

小松左京さんが死去  2011年7月28日20時17分 asahi.com
 「日本沈没」「復活の日」などのベストセラーで知られ、日本SF界を代表する作家、小松左京(こまつ・さきょう、本名実〈みのる〉)さんが、26日午後4時36分、肺炎のため大阪府箕面市の病院で死去した。80歳だった。葬儀・告別式は親族で行った。


 なんつーか、俺の成分の十数パーセント程度は小松左京の作品で出来ているので、けっこうな喪失感だ。

『果てしなき流れの果てに』、『継ぐのは誰か?』、『ゴエモンのニッポン日記』、『ヴォミーサ』、『くだんのはは』あたりがお気に入り。小説以外でも、『やぶれかぶれ青春記』だっけか、自分のザーメンを炒めて喰う話とか、エッセイもおもしろかったなぁ。

 つーか、今改めてwikipediaの作品リストを眺めてるんだが、たったひとりの人間がこれだけ多彩な-しかも粒ぞろいな-作品を生み出せるものなのか。

 いやはや、やはり化け物だわ。

 …ダメだ。なんだかもう、まったくまともな事が書けないや。

 この喪失感をもう少し咀嚼してから改めて、にしよう。

 しかし、『日本沈没』の作者が、今年この世を去られたということには、何か運命的なものを感じるなぁ。
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by SIGNAL-9 | 2011-07-29 12:40 | 一般の話題

明学大准教授、靖国神社をdisる。

靖国神社みたままつり 2011年07月14日10時11分
朝から気が重い。靖国神社の「みたままつり」に行かなければならないからだ。

ゼミの一環であり、この行事を行き先に選んだのは学生たちである。ネットで検索したら見つかった、ちょうどお祭りをやっているみたいだから、という理由であった。案の定というべきか、学生たちは靖国について何も知らなかった。

10年ほど前、敬愛するある先生から、やはりこの種の無知について聞いたことがある。その無知の状態のところに(当時流行っていた)復古調のナショナリズム言説が注入されると、学生が簡単に感化されて困ると嘆いておられたのだった。
 東電災害で政府や役所を批判するのも飽きてきたので、たまたま目に付いた記事に噛みついてしまうのだが(笑)

 書いたのは長谷川一氏。明治学院大学 文学部 芸術学科(芸術メディア系列)准教授だそうだ。

 一言でいえば、無邪気な人だ。

 どう読んでも、知と倫理の高みからモノを語っているようにしか見えないが、学生を無知呼ばわりする割には、自分の奉職している組織の戦争責任に対しては、まったくご存じないのではないか。

 たぶん、明治から存続する自分の勤務先が、自分が非難の対象にしている国家神道とまったく無関係な、あるいは常に反対の立場で存続してきたとでも無邪気にも思ってるのだろう。
 あるいは「文字どおり、なんにも知らない」、「知らないという自覚もないし、知らないことがまずいことだという意識もうすい。無邪気に無知」なのか。

明治学院の戦争責任・戦後責任の告白 (明治学院学院長・中山弘正、1995年6月)
1931年の「満州事変」、1937年の「日華事変」のあと、政府は1939年の「宗教団体法」に基づき、41年6月、宗教界を統合し国策に協力せしめるべく「日本基督教団」を結成させていました。この教団「統理」冨田満牧師は自らも伊勢神宮を参拝したり、朝鮮のキリスト者を平壌神社に参拝させたりしました(1938年)が、このことが朝鮮の多数のキリスト者を殉教に追いやり、戦後も日朝両キリスト者の間にうめがたい深淵を作ってしまったことは否定すべくもありません。朝鮮・台湾ではこの神社参拝問題のために多くの、ミッションスクールは存廃の岐路に立たされたのです。この冨田氏は、戦中から引き続き、戦後も、数年問にわたり明治学院の理事長でした。
1939年、明治学院学院長に就任した矢野貫城氏は、宮城遥拝、靖国神社参拝、御真影の奉戴(ほうたい)等々に大変積極的に取り組み
「飛べ日本基督教団号」という掛け声のもとで集められた戦闘機献金、また当時の機関誌『教団時報』で「殉国即殉教」が主張され天皇の国家へのキリスト者の無条件の服従が日本基督教団の名によって勧められたとき、冨田氏らもその最高級の責任者だった
 とりあえず先の大戦がらみの話を引用したが、明治学院という学校は歴史が長いだけあって、明治時代からいろいろと「黒歴史」もあるのである。めんどくさいからいちいち書かないが。

 そもそも「宗教装置」という観点で歴史を振り返ってみれば、長谷川氏が無邪気にdisってる日本の国家神道と、彼の職場が基礎に置いている「キリスト教」のどちらの「犠牲者」が多いのかはいうまでもない(彼がクサしているのが靖国なのはある意味でよかったのかも。相手がイスラム教だったらと思うと…)。

 明治学院が建学の基礎に置いている「キリスト教」は、「帝国主義のために「国民」の生命を動員することを奨励し正当化するための国家宗教装置であり、それゆえに蹂躙された側にとっては侵略の象徴」であったことはなかったのか。

 いかにして明治学院という組織を「護持していくか」。そのために明治学院が取った戦略は、ある時は国家神道とすり寄り、戦後はその「歴史を無かったかのように偽装すること」ではなかったのか。でなければ何故、組織の長たる学長が懺悔めいた「告白」などしているのか。

  キリスト教関係者が、倫理や知の高みに自分を置いて 歴 史 を語り、ましてや他の「宗教システム」をdisるには相当の覚悟がいるんだけどなあ。

 まあ、「メディア論」とかの先生じゃあ歴史に無知・無自覚でもしょうがないのかねぇ。

 「汝等のうち、罪無き者まず石を投げ打て」という言葉、いっぺん噛みしめてみたほうがいいんじゃない?
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by SIGNAL-9 | 2011-07-15 16:21 | 奇妙な論理

災害詐欺。

放射能不安ママ 12L21000円の「放射能分解水」に飛びつく NEWSポスト7 2011.07.14
ガイガーカウンター片手に母親が公園や学校の放射能の値を測る光景はテレビ等でおなじみとなっているが、原発や放射能に怯えるママがいれば、その不安につけ込み、一儲けしようと目論むものたちが出てくる。ノンフィクションライターの窪田順生氏がレポートする。
「放射能を分解する」水、1本1リットル弱のボトルが12本で2万1000円也。

独立行政法人国民生活センターのページを漁ってみると、この手の話がぼろぼろと。
  • インターネット通販で放射能測定器を注文し、代金を振り込んだ。商品発送予定から2週間過ぎた頃、「輸入した商品に欠陥が見つかったので解約してほしい」と業者からメールが届いた。返金するという話だったのに、1カ月が過ぎても返金がなく、電話してもつながらない。

  • 震災の影響で失業中のため、副業サイトを検索していた。「返信してくれたら1500万円をあげる」というメールが届き、返信。サイトに登録したところ、アドレス交換費用や回線をつなぐ費用等を請求され、200万円近く支払ったがお金はもらえず、だまされたと思う。返金してほしい。

  • 「被災地からきた」と言い、みかんの販売業者が自宅に訪ねてきた。試食して、友人と1箱2kg分4,000円を半分ずつ買うことにして支払うと、「計算もできないのか。14,000円だ」とすごまれた。

  • 金の買い取りをしているという業者が訪れ、「買い取ってもらうような金は持っていない」と断り続けたところ、「まったくアクセサリーがないのか。震災の影響で金が不足して日本中が困っているのに協力できないのか」と脅された。

  • 今回の原発事故の影響で、原子力発電は使われなくなる。今後は風力発電が注目される。B社は風力発電事業を行っており、将来有望な会社だ。あなたは特別優待で、今のうちに安く買っておけば、後で得をする」と勧誘され、B社の未公開株を1口40万円で購入した。
     その後、証券会社を名乗る業者から次々と「1.5倍で買い取る」「買い増ししてほしい」という勧誘の電話がかかるようになった。

  • 「東日本大震災の被災地を支援する会社の未公開株を買わないか。将来は上場する会社である。今のうちに未公開株を購入しておくと後でもうかる」と説明された。
     勧められるまま未公開株を購入してしまったが、返金してほしい。


 "儲け話"に乗っちゃた人は自分の金銭欲が招いたことなので、薄ら笑いをしながら「ご愁傷様」としか言いようがないが、"災害支援詐欺"やら"放射線計測器販売詐欺"に引っかかってしまった人には同情の念を禁じ得ない。

  「ホーシャノーを分解する水」話は微妙。
 平時の俺なら爆笑ネタ扱いだろうが、今は状況が状況だけに。

 カガク的以前に常識に照らしてさえ「おいおい」な話に乗せられる方悪い、と切り捨てるのは簡単だが、今のこの状況下では、普段はできる正常な判断ができなくなってしまう人が出てきても、おかしくはないかなぁという気もする。

 ま、いずれにしても騙す奴が一番悪いのだが。
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by SIGNAL-9 | 2011-07-14 17:23 | 東電災害

笑っちゃいかんのだろうが。

放射能を恐れすぎるな、フクシマの危機は過ぎた。 2011年07月11日13時30分 BLOGOS

 「自由報道協会」が主催したラファエル・アルチュニャン博士の会見。
ロシア科学アカデミー 原子力エネルギー安全発展問題研究所副所長。物理数学博士。
チェルノブイリ原子力発電所での災害発生以来、事故のもたらした結果を根絶する仕事に積極的に加わり、25年間チェルノブイリ・テーマに特別な関心を払ってきた。
重大事故の専門家として、チェルノブイリにおいて形成された燃料溶岩の拡散を未然に防ぐ作業に加わり、燃料挙動モデルを作り、破壊された原子炉の調査を再三にわたり実施。これは特に、破壊されたブロックを封鎖し180トン以上の照射核燃料を抱えたシェルター建造物の安全性確保の問題に関することであった。
 これが、何というか安全厨狂喜・危険厨憤死な内容。

  1. 東京電力および規制・監督機関からインターネット上で発表している情報量は、実際に何が起こっているのかを把握する、そして、放射能汚染の被害がどのようなものであるかを把握するに十分な量だと言える。

  2. 今回の事故は原子力の過去の歴史の中で、3番目に起きたシビアアクシデントであることは間違いないが、放射性物質の放出量においてはチェルノブイリ事故時の量と比較すると、はるかに少ない量であると言える。

  3. 日本政府は初動対応として、20キロ圏内の住民避難を行ったが、この措置は大変迅速・必要不可欠で正しい措置であった。

  4. 大気への汚染物質の放出は、常に、水への影響よりも深刻な問題に発展する。それが海洋であるならばなおさら問題にはならない
     魚の体内からも基準値を超える放射能が検出されているが、通常設定されている基準値というのは、その数値を超過したからといって、危険であるということではない。

  5. 原子力発電所での事故自体が健康に与える影響はそれほど深刻なものではない。それよりも大きな問題は、事故の後の、放射能で汚染された地域の状況。住民は、「放射線を危険なもの」として、ほかの危険物質に対する反応と比べ、はるかに過敏な反応を示す。
    メディアは今後、国民の不安を煽り、存在してもいない放射能の影響や放射能被ばくによる遺伝的後遺症などについて書き立てるだろうが、それによって国民が再び被害者となることを避けなければいけない。
    チェルノブイリでなによりも問題だったのは、恐怖を感じていた国民の心のストレスである。存在していないものに対して恐怖心を抱いてしまうということが福島でも、もし同様に起こるようなことがあれば、それは大変残念なことだ。

  6. 当研究所が理解している内容からも、また、東京電力および原子力保安院の情報からも、格納容器の底板の溶解は起きておらず、また溶解した燃料が地中に達していないと言うには十分であるといえる。であるから措置としては、単純に、冷却をし続けるということ。今行っていること以外で他の措置を講じる必要はなし。メルトスルーは起こっていない。
    もし仮にメルトスルーが起こっていた場合でも、地中に留まり冷えて固まるだけ。もちろん、これは問題ではあるが、大気中に放射性物質が拡散することに比べれば、危険度ははるかに低いと言える。

  7. 私の知る限りでは、日本では最初の1年で累積される放射線量が20ミリシーベルト以上であれば避難対象となるという基準が発表されている。
    この基準レベルは、国際的な勧告および科学的なデータにもとづき、50ミリシーベルト、もしくは、100ミリシーベルトという数値に設定しても問題にはならない。100ミリシーベルト以上の地域に絞って避難対象としても問題ないし、まったく安全な数値。
    チェルノブイリでは、年間被ばく線量が1回のCTスキャンの線量にも満たない地域の住民まで被曝者としてしまう法律が出来てしまいかえって問題にしてしまった。

  8.  ICRPでは、健康被害が絶対に起こらないようにあえて数値を低く設定しており、推奨する100ミリシーベルトという数値は、100を超えたからといって、すぐさま健康に害を与えるという訳ではなく、さらに十分すぎるほどの余裕をもって100という数値を設定している。健康にぜったいに被害を及ぼさない絶対的な安全を保障するというのがICRPの手法。
    100ミリシーベルト以下であればいかなる健康被害も起こりえない、これは、全ての人々、つまり、子どもでも大人でも適用される数値。
     もし20ミリシーベルト以上という基準を設定するとなると、これにより多大な問題が発生することが予想される。大量の人々が避難対象となり、そうなると、社会的そして経済的な問題も発生してくる。残念ながら、私たちもチェルノブイリを通して同様の経験をした。

 どこが笑いどころかというと、この会見を主催した「自由報道協会」というのは、かなり反原発の立場の組織であることだ。

 司会者の岩上安身氏や、「自由報道協会」設立準備会暫定代表の上杉隆氏などはまあ、どうみても反原発側の立場の方である。

 で、ロシアからわざわざ専門家を招聘して記者会見してみたら、上のようなことをベラベラと喋られてしまったわけだ。

 笑っちゃったのは、司会者の岩上氏が、アルチュニャン博士を「国際原子力マフィアの一員」よばわりしていること。
原子力産業に従事する、いわゆる国際原子力マフィアの一員は、いずこも同じようなものなのかもしれませんが、日本人的な、曖昧な「中庸」を装うことをせず、自分の寄って立つイデオロギー的なポジションに忠実なところは、いかにもロシア人、と思わされました。

もっとも姓から推察するにアルチュニャン氏は、アルメニア系と思われますが。こうした原子力マフィアの皆さんの、国際的支援と連帯を得て、東電はじめ、世論操作メールを仕掛けた九電含む電力会社も、経産省内の原子力維持派も、力を得ているのだとわかったことだけが、唯一の収穫だったかも。
 論者が、自分たちと違う意見の持ち主だったからといって「いかにもロシア人」だの「原子力マフィア」だのとクサする司会者というのは、どうなのだろう(笑)。 少なくとも客観的な立場のジャーナリズムではないわな。

「自分の寄って立つイデオロギー的なポジションに忠実」なのは岩上氏ご自身なんじゃあるまいかねぇ(笑)。
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by signal-9 | 2011-07-12 17:56 | 東電災害

災害と流言飛語-コレラ禍をサンプルに-

 東日本大震災に伴う流言飛語・デマに関して初期から論説を展開されていた荻上チキ氏「検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)」
 タイムリーで興味深かった。
 この種の記録はなるべく大量に後世に残しておくべきであって、保存の利く書籍という形態であることが重要。読み終わったので、さっそく近所の図書館に寄付しておいた。

 さて、災害にまつわる流言飛語というと、俺がぱっと連想したのが、明治から大正、昭和初期にかけて極めて甚大な被害を出したコレラ禍なのである。

 コイツが日本に入り込んできたのは江戸末期からだが、明治以前の流行は、Wikipediaで言及されているように、比較的押さえ込みやすかったようだ。
 大きな理由は、コレラは空気感染しないので、人の動きの制限や上下水道の管理によって感染拡大を抑えることが出来たからであろう。

 例えば、明治維新の大混乱で江戸-東京の上水道システムが完全に崩壊してしまった事が、明治初期の東京のおけるコレラ禍の大きな一因だったのではないか、という見解がある。
 大都市江戸は、江戸幕府のお膝元ということで、上水道整備にはかなり力が入れられていた。おまけに各地に関所というものがあって、人の自由な往来をある程度抑制することも可能だった。

 この「システム」が御一新で崩壊してしまったわけだ。

 明治10年8月、長崎と横浜でコレラ発生。おそらく上海からの伝播。10月にかけて全国的に流行し、この年の患者数は全国で1万3,710人。死者7,976人。
 死亡率58%。人がコロリと死んでしまうから「ころり(虎狼痢)」と呼ばれたのも理解できる。

 この頃、横浜でこのような噂が広まった。

 「この病気は浦賀にやってきた黒船がおいていった魔法だ」

 「黒船に乗ってきた黒人が海岸で洗い物をしていたのをみたぞ。白いあぶくがいっぱい出ていた。きっとあの泡が海に流れて魚に飲み込まれたのだ。その魚を食べた人からコロリが発生したのだ」

 「白いあぶく」というのは言うまでもなく「石けんの泡」なわけだが、そーゆー冷静なツッコミは後になってからしかできないわけで、パニックになった横浜ではコレラ避けのおまじないに、赤紙に牛牛牛と三つ書いた謎の札やヤツデの葉を門口に下げることが流行した。

 明治12年7月9日、大阪市、コレラ予防のためとして、消化しにくい寒天・心太・ひじき・あらめ・かぼちゃ・蟹の販売を禁止。

 同年8月頃、コレラの大流行で各地で騒動が頻発した。

 香川県小豆郡ではコレラ退治の祈祷と称し、数百人が裸に泥を塗って練り歩くという騒ぎが発生。

 金沢では「コレラ送り」と称して、若者数十人がわら人形を担ぎ、笛・太鼓・ほら貝を鳴らしながら行進。隣町の者が汚らわしいと町内の通過を阻止したため乱闘となり、双方にけが人が出る。あちこちの村で馬を引き紅白の衣装を着て練り歩くという騒ぎも。

 9月頃、岐阜県大野郡でコレラ患者の吐しゃ物を畑に撒くと良い肥料になるという流言が広がる。巡査が出動、畑を掘り返して消毒する騒ぎに。

 この年の12月7日までのコレラ患者総数は16万8,314人。うち死亡10万1,364人。死亡率60%。
 この当時の錦絵では、コレラは頭が獅子、胴体が虎という猛々しい巨大な猛獣に擬せられている。逃げ惑い、遠巻きから石を投げつける町民。消毒薬噴霧器で立ち向かおうとする医師の姿があまりにも矮小に描かれている。

 この当時のコレラは、人間にはほとんど立ち向かうすべのない巨大な怪獣と目されていたのである。


 以下、「流言飛語」という観点からずらずらと並べてみると;

■明治15年

 2月頃、伊豆地方で「コレラの流行は旧暦を廃止したため」という流言が広がる。

 5月、東京の神田と芝にコレラ発生。全国に蔓延。患者数5万1,618人。死者3万3,776人。
 コレラ避けの呪符類の販売禁止。

■明治19年

 前年流行したコレラが夏ごろから再び蔓延。患者数15万5,923人、死者10万8,405人。

 5月、新聞に「炭酸飲料を飲むとコレラの感染が防げる」という記事が出てラムネの売り上げが激増

■明治20年

 大阪でタマネギがコレラに効くという流言。それまであまり食べられていなかったタマネギ食が飛躍的に普及


 その後も数年おきにコレラは流行し、甚大な被害を出し続けたわけであるが、それはちゃんとした専門書籍に当たってもらうとして、「災害と流言飛語」という観点からちょっと考えてみる。

 この「怪物」に近代科学とて手を拱いていたわけではなく、かの細菌学の父、コッホがコレラ菌を同定したのが1884年(明治17年)、1892年(明治25年)、英国の細菌学者W.ハフキンがコレラ菌の弱毒株の開発に成功し、直接立ち向かうすべを手に入れた。

 興味深いことに、同じ「流言飛語」と思われるものでも、明治27年頃には「アイスクリームは危険とされ敬遠され、ラムネは玉ビン詰が安全といわれますます売れる」…といった具合に、カガク的知見を多少反映したものになっていくのである。

 「呪符・祈祷頼み」「タマネギが効く」というようなトンデモ話と比べると、「流言飛語」もちゃんと進歩してるようなのである。
 「アイスクリームの忌避」「生水ではなく瓶詰め飲料」なんてのは、防疫の観点からすれば理にかなった流言飛語と言えるかもしれない。

 結局の所、「正しい」知見とその「正しい」流通、そしてその知見を「正しく」判断するための教育(ちなみに明治27年頃、日本の就学率は六割を超えた)といったことにより、みんなが経験値を溜めることで流言飛語と「正しく戦う」ことができるようになってきたということだと思う。

 このあたり、今の俺たちにとっても十分に教訓になるのではなかろうか。
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by signal-9 | 2011-07-08 12:28 | 東電災害

友人宅の除染を手伝う。

 ささやかな政治力にものを言わせて(^^;)、シンチレーションサーベイメータが借りられたので、かねて相談されていた友人宅の除染の手伝い。

 短い時間だが講習めいたものも受けたのだが、今更ながら、放射線測定つーのは素人には難しいことを痛感していた。

 ので、友人とはあらかじめ、細かい数字は要求しないことと、相対的に「う~ん」な数字を目安として予め握っておき、「う~ん」な場所を優先度を付けて対処という約束をしておいた。

 鉄筋コンクリート2階、庭付きの一戸建て。家族四人(友人と細君、その子どもと、細君の母親)。
 作業に当たったのは友人+細君+俺+友人二人。

 家の中は夫婦で予めかなり清掃を進めていたので、確認の為に測ったら、比較の為に事前に測っておいた俺の家より全然低かった(笑)

 ベランダや壁面もほぼ問題ないだろうと合意できたので、庭を中心に作業開始。

 チェルノブイリの知見通り、庭の草木の始末(剪定、落ち葉や雑草の始末)と、土がむき出しのトコロは表面削り、だけでかなり低減できた。だいたい半分から三分の一くらい。

 ちと難渋したのが、金魚を飼ってる小さな池。野ざらしなので池の底に泥が溜まってる。
 どうみても怪しいので、泥を少量掬って乾かして測ってみると、案の定「う~ん」な線量。

俺:「どうする? 掻い掘り(水をくみ出し)する?」
友:「それは大仕事だなぁ。水で遮蔽されてるみたいだし、金魚にも異常ないし、今日はとりあえず放置でいいや」

 雨樋から水が落ちてくるところの土。他の知見と同じく、ここも「う~ん」な線量。
 ただ幸いなことに、家の横手で滅多に人が近寄らない場所だそうだ。

「近寄らないようにすればいいんじゃね?」といったが友人は心配だから取り除きたいという。

「だいぶ染み込んでるみたいだし、あんまりほじくり返しても」
「いやいやいや心配だし」
「こんなところの土、いくら(お前んとこのバカな)子どもでも喰わないだろ」

 暫く議論したが結局、ホームセンターで激安購入してきたプラ製のカゴみたいなもの(元々何に使うものなのかよくわからないが、洗濯カゴよりはちょっと小さめ)で、出水口付近を覆ってしまい、間違っても子どもが触れないようにすることで当面の暫定対策。

 で、そこそこの量でそこそこの線量のゴミが出た。

 俺は、普通に燃えるゴミとして出してしまえ、と主張したのだが(爆)、良き市民たる友人の細君は、庭の裏手の物置の下(土台の足で持ち上がっているので、その下の部分を掻い掘りして)に埋設処理を希望した。

 もういい加減暑くて疲れてきた男どもは、素面でやってられるかええええええいビールだビールを持ってこい、などとぶつぶつ言いながらも御意のまま作業。

 結局1日がかりだったが、再計測の結果、奥さんのお許しが出たので、久しぶりの宴会になだれ込む。

 飲みながら色々話した。

 一時はマジで引っ越しを考えたこと、旦那と奥さんのリスク認識の差に起因する夫婦仲の悪化、今日の作業を見ていたご近所に後でいろいろ詮索されるかもしれない懸念、政府と東京電力と市役所への罵詈雑言など。

 つくづくこの災害は罪深いなぁ、と感想を抱きつつ、にわか除染部隊は帰途についたのであった。
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by signal-9 | 2011-07-06 15:44 | 東電災害

南部スラッジプラント マスコミ向け見学会

 気がつかなかったが、南部スラッジプラントで報道機関向けの見学会が開催されていたのだな。
平成23年6月15日(水)、東京都下水道局では、報道機関の方々を対象に、南部スラッジプラントの施設及び汚泥処理工程を詳しく見ていただく施設見学会を開催しました。
  1. 相変わらず排気の情報はないが、フィルタ前と灰ホッパのところでも、0.1μSv/h以下(1.4倍程度ゲタを履かせても)なので、「現時点」では「この施設から周辺環境への影響はないものと考えられます」で納得できるのではないか。そもそも入力側の汚染が低ければ出力側も問題はないはずなので。
     フォールアウト後、雨水で流れる分はほとんど流れきってしまい、新たに大量の流入は無いということだろう。
     騒ぎになった、5月以前はどうだったのかは、さっぱりわからんが。

  2. 混練灰がかなり「濃く」なってる。
     6/17ではCs134: 21,000Bq/kg、Cs137: 23000Bq/kg。 5/18~19の南部スラッジプラントの汚泥焼却灰は、Cs134: 7,400、Cs137:8,200 だったので、ざっと2.8倍。

 ということで、新たに大量の流出がない限り、溜まってしまっている灰の始末が当面の課題と言うことだろう。

  1. 「排気のフィルタでCsは99%以上トラップされる」という役所の主張に関しては、とうとう個人的に納得できる情報は出てこなかった(入力が少なくなった現時点では調べても無駄だろう)。
    このあたり、福島を始めとする他の被害地域への重要な知見になると思ったので期待していたのだが。

  2. 俺みたいにウォッチしている人間も見逃していたということは、このあたりの「安心・安全」側の情報の伝搬に問題があるような気がする。
    役所もマスコミも「マスコミ向け見学会を開きました以上」とか「悪い話は大騒ぎするが、安全話は大きなニュースにならない」とか、そういうココロモチで仕事を進めないでほしいものだ。

  3. これは自戒だが、ニュースの受け手である俺も、「悪いこと」には敏感だが、「良いこと」には鈍感なところがある。このあたり自覚しておかないと、ヘンナ踊りを踊らされる羽目になる。


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by signal-9 | 2011-07-01 12:25 | 東電災害