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はやぶさ 「歓呼の声」への違和感。

 はやぶさの奇跡の生還を喜ぶ声が(少なくともネット上には)溢れているのは誠に同慶の至りだが、あちこちのつぶやきや書き込みを見るにつけ、どうも違和感を感じることがある。

 「はやぶさは最初から高度な冗長化システムを備えていた! 設計の勝利! 技術立国日本万歳!」

 例の「こんなこともあろうかと」動画の影響か、こんなことをつぶやいている人もいるが、そんな単純な話だったか?

 こんな笑えない笑い話があった。

 はやぶさの予算を聞いたNASAの技術者が、
 「えええ、探査機がそんな予算で作れるって!?」
 「…いや、探査機本体の開発費じゃなくてプロジェクト全体の予算なんですが」

Imamuraの日記 はやぶさ記者会見@相模原 2010.06.13によると、日経の記者から「日本企業の高い技術力についてどう考えるか/130億円は非常に安く、それでいて大きな成果を挙げている」という質問があったようだ。

 この質問に対する川口PMのお答えはこうだった;
ローコストについては冗長性がない技術的な挑戦は本来うまく転がるのが珍しい。うまい工夫は特にない。

冗長性がないものは幸運だったとはいえるが。

節約して成果を出せと言われても無理だ(断言)

はやぶさができたからローコストでできるじゃないかというのは違う

次もローコストでということを保証はできない
 俺の感じる違和感は、このやりとりに端的に表されている。

 どんなプロジェクトでもそうだろうが、収支は冷静に計算してみる必要がある。

 はやぶさは当初予算が少なかった。だから安く作らざるを得なかった。おそらくそのために当初計画したとおりに完遂できなかったミッションもあった(ミネルバとか)。
 合わなくてもよかったかもしれない危機に直面し、それをリカバーする分運用コストも嵩み、当初想定よりも三年も余分な運用期間=コストがかかってしまった…

 もちろん、苦労したことから得られた知見とか運用技術の蓄積は一概に無駄とはいえない。よくある常套句、「質的効果」ってヤツだな(笑)。

 ただその知見も、そもそも「そういうことにならない」にしておくことが初期段階から可能であるのならどうか。

 昔のテレビは写りが悪くなると叩いて直したりした。このたたき方がうまい/下手という「技術」は、後に生かせるものなのか? テレビを買い換えればいいじゃん!

 ああああ、判ってる判ってるよ。「太陽光圧利用してスピン安定させた運用技術はどうなんだよ!」とかツッコまれるのは判ってる。

 でもさ、

 例えば太陽電池パネルが可動式だったら。
 いやいやせめて通信用のパラボラだけでも可動式だったら。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、そもそも予算が潤沢にあって、十全に準備ができていれば、はやぶさの旅はもっと大過なく過ごせた可能性が高いのである。

はやぶさチームによる、「はやぶさ」。苦しみながらも地球帰還へ、目下運用中。という資料(PDF)がある。
副題は「意地と忍耐と、神頼み」である。

15ページ「これまでのはやぶさの経験した困難と運用」には、リアクションホイール故障下での軟着陸、7週間通信途絶後の奇跡の復旧、光圧利用の姿勢制御、いわゆるニコイチでのイオンエンジン復活など、俺たちをアツくさせた運用の数々が振り返られているが;
誤解してはならない.これらは不具合である.
運がよい.蒔いた種を刈っている.不具合対策は次のミッションへの貴重な教訓であることを肝に銘じなくてはならない.
 初期投下コストの不十分さが結果的に「はやぶさの物語」を生み、感動を呼んだのだとしたらある意味皮肉なことではある。

 だが、無責任なネットの烏合の衆ならいざ知らず、天下のマスコミ様が「(こんなに安上がりで)成功させるなんて日本の技術はスゴイ!」という論調で「美談」に仕立て上げるのは、どう考えてもおかしいんじゃないだろうか。

 またそれらを受けて手のひらを返したように、はやぶさ:後継機「2」開発推進へ 参院本会議で菅首相 毎日新聞 2010年6月15日みたいな話を始める政治家もどうなのか。

 はやぶさチームが最後に神頼みせざるを得なかったのはそもそも何故か? 運用チームの激闘、そしてはやぶさの感動の物語を生んだそもそもの原因は何なのか?

 本当に報じ、考えるべきはその部分なんじゃなかろうか。
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by signal-9 | 2010-06-17 13:49 | Comments(0)

おかえり、はやぶさ。

 公私ともいろいろあって、Blogですら放置プレーになっている今日この頃だが、さすがに昨日はやむにやまれぬ気持ちに突き動かされて、東京は台東区竜泉の飛不動に出かけた。

 「はやぶさ」運用室にも飾ってあったという「飛行護」で有名な場所だ。
NEC イオンエンジン開発担当 堀内康夫氏のインタビュー
私たちはできることはすべてやりました。運用室には「飛不動」というお不動様のお札が貼ってありますけれど、これは國中先生と私が「もう手は尽くした。最後に神頼みをしよう」と相談して、國中先生が見つけた「飛」という名前のお不動様に私が行って、お札をもらってきたんです。通信途絶の最中の2006年の年始には、川口先生も飛不動にお参りに行ったそうです。(笑えない笑い!)


 俺が参拝したときには境内には他に誰もいなかったが、奉納された絵馬には、「はやぶさ無事に帰ってこい」というものがちらほら。

 俺も多少お賽銭を張り込んで、二拍手一礼、有終の美を祈念した。

 「人事を尽くして天命を待つ」とはよく聞く言葉だが、ホントに人事を尽くしたか、と言われると、そう断言できるシチュエーションは中々多くは無かろう。「はやぶさ」プロジェクトが感動を呼んだのは、まさに人がやれることをやりきった上で、天の配剤によって何度も窮地から脱出したという過程にあったように思う。

まるでドラマだ。だがそれは、安直な偶然に頼ったような出来の悪い脚本ではなく、人の努力に裏打ちされたドラマだった。

 オーストラリアの夜空に輝く「はやぶさ」の最後の勇姿を捕らえた読売新聞の写真を見るにつけ、この素晴らしいドラマが、今後の日本や世界の宇宙開発に大きな成果を残したことを確信しつつ。

はやぶさ、お帰りなさい。そしてどうもありがとう。
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by signal-9 | 2010-06-14 11:44 | 一般の話題 | Comments(0)