<   2007年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

秋葉神社再建私案(2)

 新・アキバ神社妄想の続きである。

 さて、そもそも何の神社を建立するのか。
 真っ先に思いつくのは、松が谷の秋葉神社を再勧請、つまり鎮火神社を再コピーして戻っていただくという案だ。
c0071416_1025156.jpg

 松が谷の秋葉神社は何と言っても「秋葉原」の名前の由来である神社である。郷社という社格の高さも見逃せない。元々神田明神の管理下にあったわけだし、何かと都合もよさそうである。

 であるのだが、「ヲタがお祭りできるような神社を作りますので、秋葉神社を勧請してください」といって「それは結構ですね」と認めてもらえるつーのは妄想としても無理がある。

 それならいっそ、自前の宗教法人にしてしまうのはどうか。
 日光東照宮とか伏見稲荷みたいに独立した宗教法人はいくらもある。独立宗教法人だと、基本的に教義やご神体はテキトーに、いやある程度自由に決定できるというメリットがある。

 アニメやマンガに代表されるヲタ文化と神社では相容れないような気がするが、そうでもない。八百万の神々をナメてはいけない。いわゆる弁天さま、市杵島姫命(サラスバティー)みたいな芸術音曲の神様もちゃんといる。バズーカ砲は持っていない。

 浅草寿町にある宗吾殿をご存知だろうか。
c0071416_10251275.jpg

 年貢に苦しむ農民のために直訴を図って処刑された惣五郎(宗吾)さんをお祀りした場所だが、この惣五郎さんのお話が芝居や講談で取り上げられるうちに、演劇や映画関係者が参拝するようになっていった「神社」である。
c0071416_10252330.jpg

 ごらんの様に、門柱には「歌舞伎座」や「明治座」の銘が刻まれている。中村吉右衛門・勘三郎、松本幸四郎、久保田万太郎、岡晴夫といった演劇界のセレブ、浅草六区が近いせいか新東宝の大蔵貢など映画関係者の名前もある。

 宗吾殿は実在の人間が「神社化」したものといえよう。

 つまり、その気になれば手塚治虫とか宮崎駿…はまだ生きてるか…ビル・ゲイツ…は祟り神になりそうだから却下…、えー極端な話、架空の人物・事物を祀る例もないわけではないので、涼宮ハルヒやゆりえ様の御霊を祀ることすら理論的には可能なのである。
 日本の宗教観というのはなんともデタラメ懐が深い。

 独立宗教法人であれば、門前の狛犬やお狸様やお狐様を萌えキャラにしてみるとか、巫女さんをネコ耳にしてみるとか、いろいろとバチあたりな先進的なことが可能になりそうだ。
 奉納する絵馬に「こなたは俺の嫁」などと、他所では不謹慎と非難されるようなことを書き散らしても、教義に合致している以上問題はない。

 最近はお寺さんでもこういうマンガチックなキャラ(元々ゲームのキャラ)を使っているくらいなので大きな問題はなかろう。
c0071416_10253526.jpg


 宗教法人設立は許認可制なので、許可を得るのはそれなりに大変だが、単立宗教法人だったら比較的困難なこととも思われない。なにしろ布教・儀式行事・教化育成などの宗教法人として必要な基本活動は、ヲタどもが放って置いても勝手にやってくれるはずだし(笑)
 「マルサの女2」で描かれたように、脱税目的で宗教法人を作る不届き者まで実在するくらいだ。ましてやヲタク文化を日本のかっちょいい文化のひとつとして海外へ喧伝することを、国家が後押ししている現状、いかな頑迷な国家権力とはいえ、ヲタ神社という高邁な理想を認めぬことがあろうか?(反語表現)。

 さて、お祭である。

 コミケ、ワンフェス、いわゆるオタク祭りは色々あるが、ヲタ臭先鋭的過ぎて一般人には敷居が高すぎる。アキバ神社例祭はヲタしか参加を許さないような排外的なものではなく、地域や広く一般人にも受け入れられるようなものでありたい。
 また逆に、ヲタの隔離政策だヲタルトヘイトだ、というのは本位ではない。

 ヲタが目立つようになったとはいえ、アキバといえば電気街だ。電気から音響、コンピュータ、先端技術の集積地である。あまりにヲタヲタしたものばっかりでは、この街の持つ潜在力が生かせない。

 つまり、万民が参加しやすいような伝統的な「お祭り」の形態は維持しつつ、発展的形骸化を図る(笑)わけである。

 お神楽代わりにアニソンで集合ダンスお神輿はカトキハジメのデザイン合体変形アリ、ドジっ子がきちんとハマれる風船釣りを始めとした夜店は必須だろう。夜店で同人の即売というのもオツかもしれない。
 最近はガイジン観光客も多いので、メイド萌えに続き巫女萌えも教えてやるべきだ。近所のメイドカフェに協力してもらって大規模巫女軍団を編成、京アニダンサーズやコスプレ軍団を加えて、ホコ天を復活させた中央通りでヲタクトリカル・パレード。
 打ち上げ花火も欲しいところだが場所柄無理があるので、地元の電気店に協力してもらってイルミネーションなどのページェントを繰り広げる。
c0071416_10254696.jpg

 と、まあ、遊興地だったという「秋葉っ原」の面影を今に復活させるというセンで妄想してみた。我ながら酷い妄想だとは思うが、好むと好まざるとに係わらず、今やアキバは「観光地」としての側面は無視できなくなっている。マジで、お祭りのひとつやふたつあってもいいんじゃないか、と思う。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-30 10:30 | 秋葉原 研究(笑)

秋葉神社再建私案(1)

関東最古の神社に「らき☆すた」ヲタク殺到 地元「治安の問題が…」 産経新聞 7/25
「古事記」時代以前に創設された関東最古の大社「鷲宮神社」(埼玉県鷲宮町)に今夏、アニメファンが殺到する異様な現象が起こっている。この神社が人気アニメ「らき☆すた」の美少女キャラが暮らす家と設定されたため、「聖地巡礼」のファンが押し寄せているのだ。アニメ雑誌の記事も拍車をかけ、閑静で神聖な神社町はコスプレ姿やカメラを手にTシャツ、リュック姿という「アニメオタク」(略称「アニヲタ」)が集まる町に一転。異色のアニヲタ絵馬も登場するなど、地元住民が気味悪がる事態となっている。

 俺はこの「らき☆すた」という作品に興味は無いが(観た事はあるが興味が持てなかった)、一方的な「だからアニヲタは」的な論調には同調しない。この手の問題は、この「らき☆すた」という作品のファン固有の問題であるどころか、アニヲタ固有の問題ですらない。ドラマや映画の舞台となった地域でも同種の論議が過去からあったからだ。
 この記事だけに限って言えば、記事内容や炎上騒ぎのあったブログを見るかぎり、そんなに大騒ぎして取り上げるような大問題が発生しているという印象も受けない。

 ただ、「いわゆるアニヲタ」の「聖地巡礼」が問題視された例は過去にもあったことは事実だ。
 また、特定のヲタの群の行動というのは、他のヲタから見てさえ奇態に見えることがままあるのも事実だろう。

 例えばアキバの路上での唐突なハルヒダンス。

 あれはアキバという特殊空間-「ハレ」の場-ならぎりぎりセーフかもしれないが、同じことを別の場所で敢行すれば、よくて眉を顰められ、悪くすれば通報タイホ、ということになりかねない。

 と、つらつら考えてみると、アキバ自体にも、公的には、そういう「ハレ」の場というのがないんじゃないか、と気づいた。
 アキバには「お祭り」が出来る場がない、ということである。

 アキバでお祭りといえばバーチャルな「電気まつり」「エンタまつり」くらいである。

 確かにご近所に神田明神という大物がいらしゃるが、あそこの大祭は「アキバの祭り」という感じではない。巫女さん目当てにうろちょろしてるヲタは見かけるが(笑)。
c0071416_1311482.jpg

 そもそも街自体が異界化しているのに、いまさらお祭りの場所がいるのか、という意見はあるだろう。

 だが、路上で乱舞されるくらいなら決められた場所でやられた方がイザという時官憲も介入しやすかろうし、やる方も道路使用許可とかメンドくさいことを考えなくても堂々と「俺様のソウルフルな『 もってけ!セーラーふく』を堪能しやがれ」といえるではないか。お祭りということなら、ある程度服装が奇態であっても問題視はされないし、観客増も期待できるので、コスプレイヤー諸兄にもいいかもしれない。
 クリエイターも神社(つーか巫女さん)が必要な場合には、ソコをモデルにすればよろしい。そうすれば聖地巡礼されても、元々アキバに行く連中がアキバに行くだけだからまったく無問題。

 こりゃあ皆ハッピーなのではないか。

 アキバで神社というと、いわゆる秋葉原には、秋葉原駅構内の秋葉神社分社を除けば、ふたつの神社が存在する。
  講武稲荷神社と花房稲荷神社である。

 講武稲荷は明治時代の観光ガイド『新撰東京名所図会』でも紹介されているほどポピュラーな存在だ。
c0071416_13111523.jpg
 一方、花房稲荷神社は、有名ブログで取り上げられて知られるようになったが、場所が路地裏でもあり、知る人ぞ知る存在だった。
 (余談だが、このお稲荷様は江戸時代から云々という記述がインターネット上には散見されるが、俺が当たった限りの文献では確認できなかった。作りを見ると、どうみても戦後のものなので、それ以前からあったとすれば再建されたということなのだろうが、個人的には江戸からあったにせよ屋敷神の類だったのではなかろうかと思っている)。
c0071416_13131291.jpg

 さて、残念ながらいずれの神社も「ハレの場」としては不利な立地条件である。
 講武稲荷は街角だし、花房稲荷は死ぬほど狭いビルの谷間だ。これでは夜店も出せやしないではないか。

 そこで思いつくのは、いっそ適当な場所を新たに考えて、神社を新設してしまったらどうか?という案なのである。

 ところで、この「適当な場所」がまず難問である。何しろ狭いアキバでのことだ。
 縁日が出来る程度の広さはどうしても欲しいが、地元住民の日常生活に迷惑をかける様な場所はNGだ。

 アキバで、ある程度のスペースを確保できそうな場所は、
  1. 佐久間町の秋葉原公園
  2. 花岡町の再開発したビル群の間の広場(UDXの裏とか)
  3. 滝沢馬琴の住居跡で有名な芳林公園
あたりだろう。

 秋葉原公園は交通の便的には最強だろうが、いくらなんでも少々狭すぎる。ということで、2か3の案ということになる。

 再開発したビル群の間にはけっこうスペースがある。
 別に常設の出店を出そうというのではないから、縁日程度に流用することくらいはできそうだ。
c0071416_13132436.jpg

 神社本体は常設でないと意味がないが、最悪、神社だけをどこかのビルの「中」に設置することもできるだろう。
 オフィスビルと神社というとミスマッチな感じだが、地価の高い東京ではビルの中に神社があることは珍しくない。
 この写真をご覧あれ。
c0071416_13133737.jpg

 秋葉原の隣の浅草橋(住所は東日本橋)にある初音森神社である。写真でみてもかなり無理な(笑)構造であることはお分かり頂けると思うが、こういう例がないわけではないのだ。

 だが確かに再開発されたビルの間の空間は狙い目なのだが、スーツ族のビル群とヲタのアキバの間には、道路幅以上の深くて暗い谷があるという説もあり、権利関係も複雑そうなので実現にはかなりの困難が伴いそうだ。

 第3案の千代田区立芳林公園は、物理的にはもっとも妥当な場所だろう。
 総面積0.2haと適当な広さがあり、小さめのお社と社務所程度だったら日常の憩いの場を奪うことなく建築できそうだ。元々の鎮火社だって、たったの7.3×5.5メートルだったわけだし。
c0071416_13134924.jpg

 ヲタが集まる…ということだと、すぐ横が小学校という点はかなりな障害になりそうだが(爆)

 ということで、とりあえず、新・アキバ神社の建設予定地として芳林公園を妄想しておこう。
 場所はこれでいいとして(いいのか)、どんな神社を建てるのか…という妄想はまた次回。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-27 13:27 | 秋葉原 研究(笑)

はやぶさMk-II

宇宙研一般公開 - 見えてきた「はやぶさ」後継機、早ければ2010年にも打上げ マイコミジャーナル 大塚実 2007/07/25
その「はやぶさ」(2010年に帰還予定)であるが、後継機の姿が徐々に明らかになっている。「はやぶさ2」と「はやぶさMk-II」については昨年のイベントでも名前が出ていたが、今年はより詳細な情報が出てきていた(名前がややこしいので整理しておくと、初代と同型機が「はやぶさ2」で、より大型化したものが「はやぶさMk-II」である)。
<中略>
「はやぶさMk-II」は、イトカワよりも遠方の小惑星を狙うために、より大型化された探査機となる。初代のイオンエンジンは直径10cmだったのに対し、Mk-IIでは直径20cmの「μ20」を採用するほか、本格的なランダー(着陸機)も搭載する予定だ。初代はあくまで"技術実証機"という位置付けだったが、「本来作りたかったものはこの大きさ」と説明員も述べていた。
このMk-IIでは、P型・D型に分類される小惑星や枯渇彗星の探査を計画している。候補の1つとして小惑星Wilson-Harringtonがあるが、これは枯渇彗星と考えられており、内部には氷が残っている可能性もあるという。ちなみにサンプリングの方法は、初代機のような弾丸式をベースに、複数方式を搭載することが考えられているそうだ。

ところで、はやぶさ「2」にしても「Mk-II」にしても、まだ計画の立案段階で、正式なプロジェクトとしてスタートしたわけではない。当然、国から予算が認められなければ機体の開発もできないわけで、ISASとしては世論を盛り上げて、「はやぶさ後継機はやはり必要」と財務省(場合によってはJAXAも)を説得したいところ。予算不足はいつものことだが、スタッフからは「国民の皆さんからの応援の声があれば」と期待する声が多かった。早ければ、「2」は2010年、「Mk-II」は2018年にも打上げられる計画。
 はやぶさの取得したすべての科学データは、すでにHAYABUSA PROJECT SCIENCE DATA ARCHIVEで公開されている。

 全文英語だし、生データなのでシロートにはいささか扱いにくいが、はやぶさ2を実現させよう勝手にキャンペーンなどから、シロートでも見やすいように加工されたものへ辿りつけるのでありがたい。

このMOV形式のイトカワの動画など、感動的である。

 俺としては、この感動を再度味わいたい。
 連呼させてもらう。

 「はやぶさ後継機はやはり必要」です。

「はやぶさ後継機はやはり必要」です。

もう一回いいます。つーか何回でも言います。

はやぶさ後継機は絶対に必要です!
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-27 10:48 | 一般の話題

武部本一郎展

弥生美術館 ~紙芝居からSFアートまで~ 武部本一郎展 永遠のヒーロー・ヒロインの世界

 武部画伯といえば、美形キャラといった印象がある。
 火星シリーズでいえば、もちろんデジャー・ソリスに止めを刺す。『火星のプリンセス』はジャケ買い、という奴は、俺も含めていっぱいいるはずだ(笑)

 ちなみに武部流の美形キャラの端的な例として眉村卓の『ねらわれた学園』(鶴書房盛光社版)の挿絵を引用しておこう。これに登場する異世界人は、みんな美男美女という設定なのだ。
 前列が一般市民で後列が異世界人の美少年(笑)。
c0071416_13254232.jpg
 ギリシア風でバタくさいのに、東洋風な面差しのある武部流美形キャラ。
 これが、とりわけ翻訳モノの挿絵だと上手くはまって、実にエレガントに感じられる。
 個人的好みでは、翻訳ものの少年冒険小説、例えばあかね書房版の『灰色の谷の秘密』(アンドレ・マスパン、河盛好蔵訳)の挿絵のような、美少年・美少女を書かせると、武部画伯は最高である。
c0071416_1326137.jpg

 今回の展覧会は、どちらかと言えばSF/ファンタジー系に重きを置いた展示で、俺的にはちょっとだけ残念だったのではあるが、武部画伯の原画-しかも未発表のものまで-が見られるとなりゃあ、見過ごすわけにはいかん。
c0071416_13261855.jpg

 いやぁ、実にいい目の保養をさせてもらった。

 入場料たったの800円、爆安である。ちなみに並列している竹久夢二美術館の方もこの金額でいっしょに観覧できるのでお得ですよ奥さん

 『囚われのデジャー・ソリス』の原画の前で、鼻をこすり付けんばかりに鑑賞していたキモい親父は俺である。
 他の御来場者にはご迷惑だったかもしれんが、ペンの運びの流麗さに思わず見とれて動けなくなってしまったのである。

 我々が目に出来る「挿絵」という形態だと、原画のクオリティが数十分の一しか出てないんだなということを再認識できた。
 残念ながら、印刷、特に「挿絵」の印刷のクオリティだと、原画の迫力は絶対に再現できない。 専門の画集でも、かなり無理があると思う。つーか、家に帰ってから画集を見返してがっかりした(笑)

 9月までやっているそうなので、もう二・三回は行かずばなるまい。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-26 13:29 | 読んだり見たり

『怪獣記』


 未確認動物UMA大全(並木伸一郎)を書店で見かけて思わず買ってしまった程度には未確認動物・未知生物に興味がある。

 …つーか告白しちゃうと、ジャン・ジャック バルロワの『幻の動物たち』だの、ロイ・マッカルの『幻の恐竜を見た』だの、それらしい本は目に付いたら読んでいる程度には好きなんである(笑)
 まあ、一般平均から見れば好きモノの部類に入るであろう。

 なぜかというと、未確認生物・未知動物ネタは少なくとも、ユーフォーに乗っかってきたウチュー人の拉致監禁生体実験だの心霊写真だの前世がどうのというヨタ話と比較すれば、ある程度ロマンを感じるからである。

 この手のオカルト話で注意しなきゃいかんのは、オカルト高じてカルトと化すという状態である。
 何らかの「主張」だの「道徳」だのが混ざっていたらかなりヤバいと思わなきゃいけない。

 典型的なのがいわゆる「水伝」である。
 「ありがとう」の心が水に通じるのなら、信者の方みんなで社会保険庁前で「ありがとう」の大合唱をすれば年金問題も解決するんじゃなかろうか(笑)

 勿論十把ひとからげで論じるわけにはいかない。
 俺的には、どこぞの湖にプレシオザウルスだのモササウルスだのの生き残りが跳梁跋扈してるとか、原人の生き残りが徘徊してるとか、ましてや遺伝子操作された謎の怪物がヤギの血を啜ってるとか、そりゃあいくらなんでもウソくさいと思う。

 未確認生物関係も、ちょっと頭がアレな感じの主張が混じっていたりするという点では空飛ぶ円盤だの心霊現象だのと似たり寄ったりなのだが、「平均的には他よりマシ」つー感じがしている(笑)。
 オカルト話につきものの、脅迫的言辞が少ないのも好印象の理由のひとつだ。つまり、怪しげな占い師がご高説を垂れるようなバラエティ番組なんかよりは「謎の生物探索」番組の方がまだしも「健康的」なんじゃねぇかと。

 ただ、未確認生物ネタには他のアレゲなものと違って、金がらみの生臭さがより濃く出るような傾向があるように思う。端的に言えば「観光資源」というやつだ。
 ちょっとその手の本を舐めてみると、日本全国に「○○ッシー」が何匹いるんだ、と苦笑せざるを得ない。
 大抵は薄弱な目撃情報しかないのだが、「名物」にして「村おこし」だ、饅頭だ煎餅だ想像図だ銅像だ、まあ、何とも香ばしい。

つちのこ今年も見つからず… 新潟日報2007年6月11日
糸魚川市西飛山の山奥で10日、「つちのこ探検隊」が幻の怪蛇の大捜索を決行した。捕まえたら賞金1億円、県内外から集まった約80人が夢を求めて、道なき道に分け入り奮闘したが今年も夢は雨の中に消えた。
インドの未確認生物、観光客誘致の目玉に Reuters 2007年 06月 10日
[ニューデリー 9日 ロイター] インドのメガラヤ州では、北米の「ビッグフット」やネパールの「イエティ」のような未確認生物を観光客誘致の目玉にしようとの計画が持ち上がっている。
 同州の深い森の中には、全身が毛で覆われたサルのような未確認生物が生息していると信じられている。
 現地の旅行関係者はヒンドゥスタン・タイムズ紙に対し、この未確認生物の目撃情報や大きな足跡などの証拠を、1997年から記録し続けていると語った。
 現地では、800平方キロに及ぶ広大な生物圏保護区を生かし、滝や洞穴などをめぐる「未確認生物追跡ツアー」を計画している。

 ところで。

 何年か前に、トルコのワン湖(ヴァン湖)に生息するという怪獣ジャノ(ジャナ)のVTRと称するものがメディアに取り上げられたことがあった。静かな湖面を巨大な茶色い動物のような何者かがプカ~と漂っていくアレだ。テレビでも何度も取り上げられたので、ご存知の方も多かろう。

 その後どうなったのか寡聞にして知らなかったのだが、元早大探検部の作家、高野秀行『怪獣記』という本が出た(そういや俺、『幻獣ムベンベを追え 』も初版でもってるよ^^;)。

 同書によれば、現地調査では、このVTR映像はヤラセ(作り物)である可能性が極めて高いとのこと。
 な~んだ…と思ったのだが、取材中の著者自身が正体不明の<何か>に遭遇してしまったというところがおもしろい。

 演出過剰でインチキくさいテレビ局の<現地緊急取材>番組と違い、お日様のにおいが感じられるような気持ちのいい本である。
 暗黒面に堕ちていない未知生物ファンにはオススメ。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-25 11:45 | 読んだり見たり

時をかける少女

 アニメ版「時をかける少女」、数日前に地上波でやっていた。

 劇場でも観たし、DVDも持っているのだが、なんとなく観てしまった。そういや、ジプリのラピュタと魔女宅も、日テレで何回やってもなんとなく観てしまう。テレビっ子世代だからなのか(笑)。

 ところで、「時かけ」といえば、俺的にはやっぱりこれ。
c0071416_1034340.jpg

 書棚の奥底から引っ張りだしてきた、鶴書房盛光社のソフトカバー版である。この筒井康隆の原作は今でも文庫で手に入るが、一緒に引っ張り出してきたこの本はちょっと珍しいかもしれない。
c0071416_10341597.jpg

 石川透版の『続・時をかける少女』である。
 この本はどういうものか、前書きを筒井康隆自身が書いているので引用しておく。
 この「続・時をかける少女」は以前私が書いた「時をかける少女」の続編です。テレビ・ドラマになった「続・タイム・トラベラー」の原作といった方がわかりやすいかも知れません。なまけものの私にかわって、テレビ・ドラマ「タイム・トラベラー」「続・タイム・トラベラー」の脚本を書いてくださっていた石山透先生が、大変面白い物語にしてくださいました。「時をかける少女」に比べると、ずっとSF的でストーリーも複雑になり、小学校高学年から高校生までが文句なしに楽しめるジュニア小説になっています。
 もし私が書いていたとしたら、この本がでるのは一年も二年も先になっていたことでしょう。このページをかりて、石川先生へお礼を申し上げます。
 今で言うメディアミックスのさきがけみたいなもので、NHK少年ドラマシリーズで火が着いたわけだ。
 またテレビ放送中は、少年少女のみなさんから、励ましや質問のおたよりをたくさんいただきました。本当にありがとう。あまりたくさんいただいたので、びっくりして、とうとう御返事は一枚も書けませんでした。まったく申しわけないことをしたと思っています。でも、いろいろな質問の答はこの本の中にくわしく出ているはずです。
 この本を読まれたみなさん方が、ますますSF好きになってくださることを祈ります。

 昭和四十七年十二月十二日
 さよう、このNHK少年ドラマシリーズの『タイム・トラベラー』は人気があった。

 「主演の木下清クンの住所を教えて!」と問い合わせの手紙がきた、と筒井康隆がどこかでボヤいていたが(ソースは失念)、主演の島田淳子(柳ジョージの奥さんだな)と木下清のコンビは実に人気があった。
c0071416_10342761.jpg

 この『続・時をかける少女』のあとがき、『テレビ「タイム・トラベラー」のこと』をNHK青少年部ディレクター 佐藤和哉が書いている。
 私が筒井康隆さんの原作「時をかける少女」をテレビ化するという企画に出会ったのは、46年の夏の終わりでした。SFらしくない日常的なドラマの設定と、巧妙なサスペンスの構成をもったこの原作は、だれにでも親しみやすく、テレビ向けであると思いました。
 テレビ化の許可をいただくために、当時渋谷の放送センターの近くに住んでおられた筒井さんのお宅に、ある夕方伺いますと、起きたばかりらしくまだ眠そうな様子の筒井さんは、「時をかける少女」には是非可愛い少女を配役してほしいということを強調していました。
 ちなみに筒井版の『時をかける少女』では、芳山和子の容姿の描写は皆無である。俺の持っている鶴書房盛光社版の谷俊彦による秀麗な挿絵では、もちろん美少女として描かれているが、筒井自身が書いているのは登場人物に語らせる「やさしくてかわいいけど、少し母性愛過多」といった人物評程度である。

 芳山和子は筒井康隆の希望通り、島田淳子、原田知世、南野陽子、内田有紀 ・・・・・といった当代の美少女が演じてきた。

 で、アニメ版なのだが。

 ストーリ・ラインは、ほぼ原作どおりである。
 であるがゆえに、すっごく違和感を感じるキャラクタがいる。他でもない「芳山和子」である。今回、彼女は主人公のおばさんという役どころだ。

 アニメ版において暗示されているように、過去に未来人と接触していてタイムリープを経験し、その体験が人生に色濃く反映している人間が、自分の姪っ子に同じことが起きたとして、あのように超然としていられるだろうか?
 ケン・ソゴルとの関係を知りたいとか、いっそ姪っ子にタイムリープで30年前に戻ってもらって…とか考えないのか?

 今回のアニメでの芳山和子の役割は原作で言うと”福島先生”の役回りにあたる。いわゆる「解説役」、怪獣映画で言えば「博士」の役割だ。

 逆に言うとそれ以上の役割を果たしていないのである。結果、このキャラクタがなんで「芳山和子」でなきゃいけないのかの明確な理由が無い。
 原作どおり福島先生のままでも話は成立するし、原作を知らない人間にとってはこのおばさんは意味不明の謎の人物以外の何者でもなかろう。

 ファンへのウィンクのつもりなのだろうが、こういうのを楽屋落ちというのではあるまいか。

 原作至上主義的バイアスがかかりまくりであることを自覚した上で、もう少しケナしておくと(笑)、原作では例えば火事とか暴走トラックという突発的で不可避な状況がタイムリープのきっかけになるというシーンがあるのだが、アニメ版でそれに相当するのは自転車のブレーキが故障して踏み切りに突っ込むというシチュエーションである。

 どうにも説得力が無い状況ではないか。チャリンコなら足でブレーキはかかるだろうし、いざとなりゃあ転べばいいだろうに。どんなドジっ子だよ(笑)

 タイムリープの回数制限というアイディアはよい。
 だが、原作版での「ラベンダーのかおり」というギミックの効果が犠牲になっていないだろうか。
 筒井版の冒頭;
 和子は、やっと思いだして手をうった。
 「そう!あれはラベンダーのにおいよ!」
 「ラベンダー?」
 「そうです。わたし、小学生のときだったかしら? いちど母にラベンダーのにおいのする香水をかがしてもらったことがあるんです。そう、たしかに、あれと同じにおいだったわ!」
 和子はそういってから、また首をかしげた。-それだけではない…。ラベンダーのにおいには、何か、もっとほかに思い出がある…。もっとだいじな思い出が…。
 だが、和子には思い出せなかった。
 この未来の追憶という要素は、「時かけ」から切り落とすのは非常に惜しいと思うのだ。

 また原作では、記憶が消去されざるを得ないというルールが淡いながらも悲恋を生み、そこがロマンティックだったわけだが、アニメ版ではそこもすっぱり切り捨てている。

 …とまあ、このアニメ版は原作寄りであるが故に、そこんとこどーなのよ?という思いも感じるんである。

 相対評価として、出来のいいアニメであることは認める。実際、ここ数年のアニメでは、『大きなお友達』ではなくオトナの鑑賞に耐える数少ない作品のひとつだと思う。

 だからこそ、手放しで絶賛するのは、ちょっともったいない気もするのである。

 記憶消去ルールだけでも生かしておけば、少年ドラマシリーズ同様、続編が作れたかもしれないのに(笑)
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-24 10:46 | 読んだり見たり

ワンポイントなおしゃれ

 最近の家屋やビルは、「のっぺり」している、と思う。

 勿論、俺は建築関係はド素人なので単なる印象に過ぎないのだが、窓なども等間隔に並んでいて、"不均一さ"が無いような気がするのだ。
 この間も隅田川沿岸の、再開発で巨大マンションがボコボコ建てられている地区を通ったのだが、均一に並んだ窓窓窓、言っては悪いが「家」というよりは「巣」という感じがして、妙に寒々しい気分になった。

 無駄がないというのは近代合理主義的・経済効率の観点からは<良いこと>なのであろうが、細部的を見る楽しみや不均一さを愛でる喜びというのが少ない-一言でいゃあ「おもしろみに欠ける」んである。

 昭和の建物には、こういう細部のおもしろさが残っているような気がする。

 例えばこれ。
c0071416_16105353.jpg

 超有名な建物だが、日本堤にある「廿世紀浴場」である。「東京都内の銭湯・温泉」によれば昭和四年の建築だそうだ。
 建物自体アールデコ(究極超人の妹ではなく、建築様式)調で、規模の小さいクライスラー・ビルと呼ばれている…って俺が勝手に呼んでいるだけだが。

 建物全体の印象が強いので見過ごしがちだが、細部も実に凝っているのである。
 これは塀の拡大図だが、ご覧の通り、ぐるりと、渦巻き模様で装飾してある。
c0071416_1611562.jpg

 ラーメン屋のどんぶりでよく見る「雷文」(らいもん)の変形のような模様。
 この種の模様は、けっこうあちこちの建物に刻まれているのだ。
 これは東浅草の民家だが、こちらはモロに雷文。
c0071416_16111667.jpg

 根津で見つけたドア枠の装飾。
c0071416_16112757.jpg

 こちらは、単純な幾何学模様なので見逃してしまいそうだが、よくみると、わざわざ手間をかけて戸袋に模様を刻み込んでいる。
c0071416_16113729.jpg
 望遠で拡大してみてやっと発見できるような飾りが施されていることもある。この窓枠なんかオシャレだと思うのだがいかがだろうか。
c0071416_16154067.jpg

 建築道楽とまではいわずとも、家主さんや大工さんの遊び心が伺え、粋だなぁと思ってしまうんである。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-19 16:16 | 町歩き

中国ウナギ安全とアピール

中国ウナギ安全とアピール 丑の日前に輸入業者 さきがけ on TheWeb 2007/07/10
米食品医薬品局(FDA)が、発がん性が指摘されている抗菌剤が含まれていたとして中国産ウナギなどの養殖魚介類を一時輸入停止したことに関し、日本鰻輸入組合(森山喬司理事長)は10日、都内で記者会見。30日の土用の丑(うし)の日を前に「日本に輸入されている中国産ウナギは中国政府による検査や、日本での水際検査をパスしており安全だ」とアピールした。
援護射撃キタコレ
中国 食品29社を輸出禁止に NHKニュース 7月11日 7時35分
中国の国家品質監督総局は、中国の食品の安全対策を強化する一環として、10日夜、安全性に問題のある食品会社29社を載せたブラックリストをホームページで公表しました。このうち、17社はアメリカに、10社は日本に、それぞれ加工食品を輸出する会社で、日本には、うなぎのかば焼きや、かにの冷凍食品、それにドライフルーツなどが輸出される予定でした。検査の結果、これらの食品からは基準値を超えるマラカイトグリーンという抗菌剤や大腸菌などの細菌が検出されたということです。国家品質監督総局は、これら29社に対して、食品の輸出を禁じる措置を取ったとしています。中国の食品をめぐっては、国際的に安全対策を求める声が強まっており、中国政府は10日の記者会見で、食品の安全管理体制が不十分であることを認め、輸出する食品の検査態勢を強化し、海外の消費者の不安解消に努めていく姿勢をアピールしています。
「ちゃんと検査されていて安心だな」と思うか「騒ぎになってようやくか。これじゃあ今までどんな『検査』してたのかわかったもんじゃないな」と思うかはそれぞれの判断だろうが。

 うなぎに関して言えば、俺としては、近所のうなぎ屋のものしか食わないようにしている。

 このうなぎ屋とは祖父の代からの付き合いで、テメエのトコの原材料の出処に関してあれこれ薀蓄を垂れるので(笑)、以前はたかがウンコの原料に、コ煩い野郎だと思っていたのだが、こういう時代だと逆に信用できる。
 そうは言っても、それで直接利益を得ている奴の言い分というのは割り引いて考えるべきで、まあ、ウナギは元からたいして好物でもないから、頻繁に喰わないようにしようと(笑)

 オレオレ詐欺と同じ事で、売ってる連中がいくら大丈夫ですよ安全ですよと言い張っても、それを信頼しろというのが無理な話なんである。
 政府だの役所だの持ち出されたところで、自分たちの利益の保護(天下り先とか政治的支援者とか献金先とか)をプライマリにしてるのがミエミエで、消費する側の信頼に足りないのは、ここ最近でもさんざん実例を挙げてもらってるわけで。
 ましてや当事者は反日国家だしな(爆)

 コンピュータ屋の経験から言えば、「検査は第三者にやらせろ」、「信用しても信頼するな」というのは大原則なんである。
 認証というシステムを維持する為には、利害から独立した第三者が判定をやらないとダメなのは言うまでもない。さらに、「どこ産のモノなのか、検査者に判らないようにする」的な盲検の体制をとるような、第三者性を担保する対処は必要だろう。
 逆に言えば、この程度のことはやってるという納得が得られなければ、避けて通るにこしたことはない、というのがフツーの判断というものではないか。

 食品検査会社の理化学検査というのは、1品1検査で2万から4万くらいかかるようだが、そのうち個人や共済会みたいなレベルで独自に調査を頼む奴が出てくるのではなかろうか。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-11 13:42 | 一般の話題

『名探偵コナン』:恐るべき偶然

 先だってテレビアニメの『名探偵コナン』を見ていたのだが、恐るべき偶然に遭遇した。

 第477話『元太の必殺シュート(後編)』という回だったのだが、襲われた被害者がドイツ人で、犯人にばれないように犯人が着ているサッカーユニフォームの背番号11をドイツ語の elf で示す…というのが謎解きのキモだった。

 あれ。俺、この話知ってるぞ?

 おかしいなぁ。どこで読んだんだろう?
 俺はこのマンガ、ごくたまにテレビでやっている映画版を眺めたことがあるくらいで、愛読者ではない。今回もたまたま点けていたテレビでやっていたものを眺めていただけだった。
 だのに、この話、どこかで見たか聞いたかした記憶があったんである。

 本棚を漁って、このデジャ・ビュの原因を見つけた。

エドワード・D・ホック『サム・ホーソーンの事件簿1』(創元推理文庫)所載、「乗務員車の謎」(177ページ)
「オブライアンがさっき切符を数えるのを見たとき、ぴんときたんだ。数だ! 強盗の共犯者だから、きみは本名では旅行しなかった。シュミットはきみが使っている名前を知らなかった。だから、普通の方法-名前ではきみの正体を伝えられなかった。しかし、その代わりにいいことを考えた。きみの寝台の番号を書き殴ったんだ-”エルフ”はドイツ語の11だ。アラビア数字で11と書いたのでは、単に血の筋だと誤解される恐れがあるので、言葉そのものを書いたんだ。”エルフ”とは十一番を意味する。十一番寝台。つまり、きみの寝台だ」
 被害者の謎の(ダイイング)メッセージ elf はドイツ語で11を示す…まったく同じプロットといっても過言ではない。

 すっごい偶然ではないか。人間というのは同じようなことを考えるものなのだなぁ。名手ホックと同じアイディア-説得力はホックの方がだいぶん上のような気もするが-をひねり出すというのは、さすが青山剛昌、たいしたものだ。

 いや、もしかしたらホックの翻案なのかな? 見た覚えは無いけど、どこかに「エドワード・D・ホックの原作による」みたいな文言があったのかな? それにしちゃあ全然違うお話だけど。

 あ、推理小説好きのコナン君、当然ホックは読んでいたんで判ったって設定なんだな。多分。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-10 12:16 | 読んだり見たり

煉瓦の名残

 日本における煉瓦利用の歴史は、幕末から明治初頭に始まり、銀座の煉瓦街で最盛期を迎える。wikipediaの「銀座煉瓦街」の項によれば、
1872年(明治5年)2月、和田倉門付近から出火し、銀座、築地一帯を焼く大火が起こった。鉄道の起点で、東京の表玄関である新橋に近いこともあり、政府は西洋流の不燃都市の建設を目指した。同年3月には東京府によって煉瓦をもって再建するよう布告が出された。

大正時代までは残っている建物も多かった。しかし、関東大震災でほとんどの建物が倒壊、焼失し、銀座煉瓦街は完全に消滅した。
 耐火機能を期待して導入したものの、地震に対する致命的弱さが露呈して徐々に使われなくなったと。

 まあ、もっとも、これは大規模な建築での話であろう。
 まさか明治の御世からの残存ではなかっただろうが、1960~70年頃でも、都内にはまだ煉瓦敷きの街路-の残骸-があったと記憶している。漆喰やコンクリートと組み合わせたりして、化粧的な建材としては大正~昭和でもけっこう需要はあったのではないだろうか。全愛知県赤煉瓦工業協同組合のホームページによれば、昭和26年にJISで煉瓦の規格が制定されているくらいだから。

 今時は新築で煉瓦造りというのはほとんど無かろうし、建物丸ごとというのはさすがに歴史的な建造物に限られるような気がするが、都内でもまだ、あちこちで煉瓦の名残を見かける。
 これは谷中の大名時計博物館の煉瓦作りの蔵。
c0071416_1115053.jpg

 耐火性に優れた煉瓦を蔵として利用する例は全国あちこちに見られるが、都内でもたまに見かける。もっとも蔵としてそのまま使っているケースは少なかろうが。例えばこれは三組坂下あたりで見かけた煉瓦蔵だが、酒場として利用していたようだ。
c0071416_112122.jpg

 壁材として使われているものをいくつか。
 これは荒川区の町工場で。
c0071416_1121343.jpg

 こちらは和泉町のポンプ場。「伝えたいふるさとの100話」によると関東大震災で大活躍した由緒ある建物だ。
c0071416_1122611.jpg

 根岸や本郷あたりをぶらついていると、東大の構内は別格としても、思わぬところにポツンと煉瓦塀が残っていたりしている。
c0071416_1123973.jpg
c0071416_1125086.jpg
c0071416_113232.jpg

 建材としての機能面から見ると煉瓦の役割は終わって久しいだろうが、赤レンガの何となく知的な風情というのは捨てがたいものがある。
 木材やコンクリートは、時を経ると、煤ぼけてみすぼらしい感じになることが多いが、赤レンガというのはイイ感じに年老いていくところが好ましい。

 人として俺も、かくありたいと思うのだが、少々手遅れだな(笑)

c0071416_1131299.jpg

[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-07-09 11:08 | 町歩き