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さいたま脳の恐怖

UFOは存在せず 英国防省が結論  2006/05/08 09:17 共同

 【ロンドン7日共同】英国防省が未確認飛行物体(UFO)に関する本格的な科学的研究調査を行い、空飛ぶ円盤が存在する証拠はないと結論付けた報告書を2000年に作成していたことが7日分かった。

 400ページに及ぶ報告書はこのほど機密指定が解除され、情報公開法に基づき同省のUFO関連文書を請求していた大学研究者に公開された。国防省は今月15日から、報告書を同省のウェブサイトでも公開する。

 英BBC放送によると、研究は英国内のUFOの目撃情報を4年間かけて検証。空中に現れる異常は、大気現象やその電磁的影響によるものが大きいと指摘し「自然現象以外の、何者かにコントロールされていると思われるものはなかった」と述べ「宇宙人」などの関与を否定した。
 「UFOは存在せず」という記事の表題だが、正確には「UFOがエイリアン・クラフトである証拠は皆無」つーことだよな。 BBCの元記事にはちゃんと
UFO study finds no sign of aliens By Mark Simpson BBC News
A confidential Ministry of Defence report on Unidentified Flying Objects has concluded that there is no proof of alien life forms.
と書いてあるし。

 余談だが、UFO≠エイリアン・クラフト論者でも「広い宇宙には異星人自体は存在する」という考えの人もいるだろうが、俺は最近は、この宇宙で「知的」生命体-つまり我々人類とコミュニケーションが成立するような生物-と呼べるモノが存在するのはこの地球ただひとつなのではないかという意見に傾いている。まあ、単に「広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由」を読んでみて、「見当たらないのはいないから」説に納得しちゃっただけなのだが(笑)

 さて、今時「宇宙人の乗った空飛ぶ円盤」は笑い話のネタだろうが、一方ではこんな記事もあるので油断できない。

子どもの『ゲーム脳』共同研究提案へ 知事、首都圏サミットで 東京新聞 埼玉版 5/10
十五日に開催される八都県市首脳会議(首都圏サミット)で、上田清司知事は九日の記者会見で、「テレビゲームなど映像の子どもの脳への悪影響」についての共同研究を提案することを明らかにした。

 テレビゲームの子どもに対する影響については、文部科学省が二〇〇四年度から十年以上継続する予定で、全国的な乳幼児の影響調査を始めている。同省基盤政策課は「子どもが切れやすくなっているといわれるが、テレビゲームなど映像の影響なのか、母親などとのコミュニケーション不足なのか、原因が分からない。調査で客観的なデータを積み上げたい」としている。

 上田知事は首都圏サミットで提案する共同研究について「文科省と違った角度で、八都県市が一体で取り組めば成果が出る。国の調査をうのみにしなくても済む」と話した。上田知事の構想では「脳が固まる前の九歳児まで」が調査の対象。「テレビゲームやビデオの映像を見ていると、脳の前頭前野の機能が低下し、脳内が汚染されるというデータもある。子どもの異常な犯罪が増えている。知らないふりはできない。研究の成果次第で、(テレビゲームなどの販売を)規制せざるを得ない事態もありうる」としている。 (藤原正樹)
 
「テレビゲームやビデオの映像を見ていると、脳の前頭前野の機能が低下し、脳内が汚染されるというデータもある」
 上田知事に伺いたい。どこのどんな<データ>なんですか? まさかこの人のことじゃないですよね?

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ゲーム脳
ゲーム脳(げーむのう)は、日本大学文理学部体育学科教授の森昭雄が、2002年7月に出版した著書『ゲーム脳の恐怖』において提示した造語である。森はゲーム中の脳波を測定する実験によって「テレビゲームが人間の脳に与える悪影響」を見出したと主張しており、この状態を象徴的に表現したものである。しかし、主張の科学的正当性や根拠をめぐっては批判的な見解が多く、同書は2003年度の「日本トンデモ本大賞」にノミネートされている

ゲーム脳に関する研究については2002年10月、同書の出版に先立って、森は自ら日本健康行動科学会を設立、同会理事長を務め、第1回学術大会において口頭発表を行った。しかし、学術論文誌に論文は掲載されていない。なお、同会は名称に「学会」を含んでいるが、日本学術会議には登録されていない(日本において「学会」を名乗る事の規制や条件はなく、自由である)。また、森はマスコミなどには「脳神経学者」の肩書きで登場する事が多いが、実際は文学部出身であり、医学には転向したものの博士論文は脳でも神経でもなく筋肉に関する論文であり、現在も専門は運動生理学である。
 非専門家一個人が、自前の測定方法で測定した、他で検証されていない結果つーのはふつう科学的<データ>とは呼ばないんですが。知事が公式に発言されているということは、もっと根拠のしっかりした<データ>があるのですよね?

 ちなみに文部科学省の調査というのは、知事がおっしゃているような「テレビゲームやビデオの映像を見ていると、脳の前頭前野の機能が低下し、脳内が汚染される」(ゴーストハックか^^;)つーようなことだけ調査してるんじゃなく、もっと総論的な調査だと思うんですが。
「子どもの異常な犯罪が増えている」
 ホントに?
教育社会学の広田照幸東大助教授のご意見だと
戦後の数十年間の犯罪・非行統計をきちんと調べてみると、意外なことに他の先進諸国の傾向とは異なり、最近の青少年は昔に比べてはるかにおとなしくなっている。最近、年齢層別殺人率を十年ごとに算出した長谷川眞理子・早大教授が、青少年が「殺人」で検挙される割合は、戦後一貫して低下していることを指摘して反響を呼んだ(『WEDGE』五月号ほか)。私も統計を検討し直してみたが、殺人率の低下だけでなく、全体として、青少年は決して凶悪化しているわけではない、という結論に至った(『教育学年報 8』世織書房、十月刊行予定)。
つーことで、別の意見もあるようですが。
「研究の成果次第で、(テレビゲームなどの販売を)規制せざるを得ない事態もありうる」
いきなり「規制」に踏み込んでの御発言。ヤル気まんまんですね。

 そうそう、ゲーム脳の森教授は携帯電話でもゲーム脳になると主張しておられたようですよ。ゲームとケータイの普及率を考えりゃあ、ケータイを規制するのが先なんじゃないですかねぇ?

 ちなみに森教授によると、プログラマの脳波は痴呆患者と同じだという<データ>もあるそうです。俺みたいなゲーム大好きの職業プログラマは「脳内が汚染」されまくってるんでしょうね。
さいたま県ではいっそコンピュータ全般規制の対象にしたらどうでしょうか。

 どんなモノでも、およそ人間と相互作用(インタラクティブ)するモノだったら、人間に対する影響はあるだろう。「ゲームにかぶれて」犯罪を犯すような青少年だっているのだろう。

 だからといって「ゲームを規制すれば青少年犯罪は減る」つー無茶な理屈が成立しないことは、因果関係と相関関係の違いだの必要条件と十分条件だの持ち出さなくても、どんなアホでも分かると思うのだ。

 まさか、天下のさいたま県知事様がそんなアホであるとも思えないので、規制という目的ありきでゲームを悪者を仕立て上げようとしているのではないか、「県認定マークがないとゲーム販売を認めず。認定はこの公益特殊法人にて発行」とかいって利権にしようとしてるんじゃねーか? と邪推されても仕方なかろう。
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by SIGNAL-9 | 2006-05-10 13:49 | 奇妙な論理

『ARIA』をネタに「誠意をもった作り」についてちょっと。

昨日書いた、「『誠意を持った』作り」ということについてもう少し。

 引き合いに出して申し訳ないのだが『ARIA』という漫画と、それを原作としたアニメがある。

 ああああ。わかっている、わかってるのだ。『ARIA』はそもそもそういう風に観る作品ではない。俺もいちおう既刊のコミックスは導入篇の『AQUA』含めて全巻読んでいるし、アニメの方もほぼ毎週見ているのである。
 端正でかわいらしい絵とまったりしたお話を楽しめばいいということくらい理解している(最初に7巻一気読みしたときには、あまりのまったり感に途中でトリップしましたよ、あたしゃ)。
 嫌いな漫画ではないし、作品それ自体をケナす気は毛頭ない。このマンガは要するに未来版「三丁目の夕日」なんであって、柳田理科雄流のカガク的にどーのこーのというツッコミがヤボの極みであることは重々承知している。

 承知しているのだが、どーもねぇ。気になっちゃうのよ。

 端的にいえば、なぜ舞台が「テラフォーミングされた火星」でなきゃならないのか理解できないのだ。
 「温暖化が進行した未来の地球」でも「まったく別の星系の惑星」でもいいのではないか。いや、そもそもその方が無理がないのではないか。

 例えば、アニメ版「ARIA」の「その鏡にうつる笑顔は…」の回(関東では5月8日放送)に、主人公たちが深夜にお風呂に入るシーンがあるのだが、このとき窓の外にはポッカリと黄色いお月様が見える。

 大きさといい色といい、どうみても地球からみた月である。

 火星にそういう衛星がないことは小学生でも知っている。ダイモスに比べて大きくて火星表面に近いフォボスだって見た目の大きさはせいぜい(火星から見た)太陽の大きさの半分くらいのものだろう。んじゃあアレはいったいなんだ?…みたいな「余計なこと」を考えちゃうのだ。
 まあ、この回にはそもそももっとも大きな問題があり、せっかくのお風呂のシーンであるのに主人公たちはほとんど湯船に漬かりっ放しで肩から上しか見えないという演出上の致命的な欠陥が…って、これは話が違うな(笑)

 いわゆるSFではなくファンタジーなんだからそれでいいのだ、という大人の意見はわかるが、「なんでわざわざ無理のある設定にするのかなぁ」と単純に思うのである。無理目の設定でも、なんとかツジツマを合わせようという努力が見えればそれはそれで面白いのだが、なんの説明も無くいきなり火星の空にお月様を浮かべてしまうというのは、俺にとっては「誠実な作り」とは思えない。

 そりゃまあ、「あの月のように見えるのは実は低軌道周回してる太陽光集光用のレンズなのよ灯里ちゃん」みたいな話がこの後展開するのかも知らんが。

 別に『ARIA』自体が不誠実な作品であるといっているわけではない。だがわざわざ取り入れているSF的な設定やギミックが有効に働いているかという点では疑問である。重力や気候を制御して地球環境と同じにしているという設定がドラマ上に意味があると思えないのである。

「それなら舞台は地球でいいじゃん!」
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by SIGNAL-9 | 2006-05-09 14:09 | 読んだり見たり

攻殻機動隊SAC一気鑑賞

 黄金週間で時間が取れたので、「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」と「2nd GIG」を一気再鑑賞を敢行。
 さすがに疲れたが、こういう濃ゆい作品は一気に見ないとわからない部分も多い。

 監督の神山健治氏はもともと「機動警察パトレイバー」と押井守版「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の間の時代の企画を持っておられたとのことで、士郎正宗原作よりさらに「現代」に近い設定である。

 そのせいなのか、技術水準上のツジツマに首をかしげる部分(こんなことが実現してる時代に、コレがこうなの?みたいな)はあるが、SFとしての「誠意を持った」作りになっているので、個人的には好ましく感じる作品である。

 まあ、衒学的セリフでの状況説明が多いのは、もう少しお話を単純にしてくれてもいいような気もする(音声情報で、「ショウイナンミン」が蜂の頭とか言われても字が思い浮かばんので一寸とねぇ…つーこと)が、「マイクロマシン」と「ナノマシン」の区別もついてないような「不誠実な」SFアニメも散見される中、ガジェットやギミックが、それとして機能しているのは快い。

 つまり見ているうちにこちらの想像力も刺激されるのである。

 個人的資質やバックグラウンドによるのだろうが、俺はアニメにしろ小説にしろSFというジャンルは好きだが、いわゆる異世界モノみたいなものはてんでダメな人間で、最近で言うと「ガラスの艦隊」なんてのは「なんで宇宙が舞台なのかわからない」という理由で入り込めないのである。また逆に、あまりにも現実から遊離しすぎた話を持ってこられてもダメで、ガンダムシリーズは素養としては目を通しているが、実際に好きなのはパトレイバーだったりする人間なんである。

 「攻殻」世界は、どうやって人間の記憶を<外部記憶>するのか?とかイロイロ追求したいことはあるが(笑)、その辺りの勝手な妄想の余地を含めて楽しめる作品である。「電脳」というガジェットは現実にある程度影が見えてきていることだし、「攻性防壁」あたりはすでに現実に論議になっている

 ちなみに、攻性防壁の描写の中でハードウェアを破壊したりするのはおかしい、と指摘する向きもあるようだが、かつて現実にハードを破壊するソフトウェアをいうのは存在していたらしい。現物を見たわけではないが、ハードディスクに故意にスラッシングを起こさせて発火させるようなイタズラプログラムの話をjargon fileで読んだような記憶がある。
 かくいう俺も丁稚時代に、ラインプリンタの制御コマンドを間違えてドラムを物理的に破損させたり、組み込み系の仕事ではバグでコンデンサから発火させたりという前科があり(笑)、まったくありえない話ではないように思う。
 そこまでいかずとも、攻撃元にDoS仕掛けたりウィルスを送り込むようなファイアウォールは現実にもう存在してるわけである。

 「攻殻SAC」の世界は今からおよそ20年後の2030年代だが、1980年代末のパトレイバーの設定年代が2000年前後だったのも10~20年後くらいというのが「近未来」のひとつの目安になっているということかもしれない。

 パトレイバーを今の目で見て、ちょっと無理があるのは「携帯電話」というヤツが登場しないあたりだが(初期OVAとTVシリーズくらいまでは車載の電話は登場するが、いわゆるケータイは出てこない。そういえばパソ通は出てくるがインターネットも出てこないね)、それ以外の部分は比較的違和感無く見られる。これは、世相風俗なんてものは10~20年ではそうそう変わらないが、通信メディアみたいなモノの変化と影響力の大きさ(ケータイがあるとないでは話が変わってしまう)を逆に炙り出しているのだと思う。

 そういう意味では実際の2030年にもう一回「攻殻」を見直してみて、自分がどういう感想を抱くのか楽しみでもある。

 そういやあ、今年は黄砂の被害が酷かったが、「ドミニオン」(マンガのヤツね)を思い出したのは俺だけだろうか。俺だけだな(笑)
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by SIGNAL-9 | 2006-05-08 18:04 | 読んだり見たり