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したまちコメディ映画祭

したまちコメディ映画祭in台東
第1回したまちコメディ映画祭in台東の本祭オープニングを記念し、11/22日(土)夕刻に「雷門」から「仲見世通り」「浅草寺本堂」までをつなぐレッドカーペッドお練りを開催いたします!お練りには映画祭ゲストのほか、高張提灯、金棒の露払い、芸者さん、SKD・OGスタスの踊り子さんなども参加!夕刻の雷門-仲見世通り-浅草寺の美しさと相まって豪華絢爛なイベントになること、間違いなし!レッドカーペットに誰が登場するのかは、10/17(日)にお知らせする予定です。どうぞ、お楽しみに!
知り合いの若い衆が突然「バスター・キートンの映画を貸してくれ」といってきた。

 突然どうしたのかと思ったら、この映画祭のプレイベントとして9月14日にやった「声優口演inしたコメ」というイベントを観てきたらしいのである。

 俺はスルーしたのだが、名優羽佐間道夫、永遠の17歳井上喜久子、稀代の天才山寺宏一が無声映画にアテレコするというものだったらしい。

 「いやぁ、ヤマちゃんやっぱりスゴかったすよ。羽佐間御大と喜久子チャンの方も、台本はアレでしたけど楽しめましたし」

 そこで観たキートンの『探偵学入門』で興味を持った、というのだ。

「スッゲーっすね、キートン。ジャッキー・チェンよりスゴいんじゃないですか」

 無知な若造めが、今頃何を言ってやがる…と嬉々として俺様セレクションのバスター・キートン傑作選を貸してやったのはいうまでもない(笑)

 まあ、映画との出会いとしてはこういうのもアリだろうと思うのである。

 この青年、いわゆる映画ファンに属するが、無声映画にはトント興味を持っていなかった。当該イベントも山寺宏一目当てだったようなのだが、それはそれとして、興味が広がったのは喜ばしいことではある。

 ただ、ちょっと気になることも。

 同じ青年が言うことには、このイベント、なぜかお笑い芸人のオーディション形式のライブがあったらしいのだが、「なんで映画祭でお笑い芸人なのか意味が分からない」と呟いておった。

 実際に観てないのでなんとも言えないが、話を聞く限りでは確かに違和感のある出し物だ。

 若手お笑い芸人のライブと「映画祭」というのは個人的には馴染まないような気がする。水と油ではないにせよ、「芸」としての接点が「映画」と今どきの「お笑い」にあるのかなぁ?
 芸として高い低いということではく、要求される技能がちょっと違うんじゃない? というのが個人的印象なんである。…せっかくの面白いコメディ「映画」を、お笑い芸人に吹替えさせて台無しにしてしまった『サウスパーク映画版』の悪夢のトラウマもあるのかもしれないが。

 それをいったら、映画自体ではなく声優の芸がメインの「口演」も同じだろう…とも思うが、これは少なくとも活動弁士以来の伝統ある「映画」を楽しむひとつの方法であろうし、現にそれを取っ掛かりにして映画自体に興味を持つヤツもいるわけで、これはこれで-実力のある声優の演技だったら-アリだろうと思える。

 余談だが、俺の知り合いの中には未だに「映画は吹替えではみない主義」もいるのだが、実にオロカな選択だ。今の時代、原語で観るほうが簡単ではないか。むしろ東京12チャンでやってくれるようなレアな吹替え版で、日本人声優の芸を楽しむという方がお得なんである(吹替えの方がはるかに面白い広川太一郎版の『Mr.Boo』なんてのは、それの典型的な例だろう)。

 つーことで、映画祭本番をどういう「祭」にしたいのか現時点では俺には判然としないが、盛り上げるための芸者さんのパレードだのなんだのも結構だが、「映画祭」を名乗るのなら映画を観たくなるような内容にしてくれることを期待したいものだ。

 つーか、わざわざ「コメディ映画祭」と、間口を狭くしないで「コメディ祭り」にしときゃあ何でもアリでいいんじゃねぇか?という気もしなくもないのであるが(笑)
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by SIGNAL-9 | 2008-10-14 00:00 | 読んだり見たり

水野晴郎さん死去

水野晴郎さん死去=映画評論家から監督にも挑戦 時事 2008/06/11-12:56
「映画って本当にいいもんですね」というあいさつで親しまれた映画評論家の水野晴郎(みずの・はるお、本名山下奉大=やました・ともひろ)さんが10日午後3時5分、肝不全のため東京都の病院で死去した。76歳だった。葬儀は近親者のみで行う。
「本名山下奉大」って…ワザとやってんのか時事?

 昔々、淀川長治さんとある会合で同席したことがある。
 直接話はできなかったが、『ずいぶんヨボヨボのジイ様だなあ』と失礼な事を思っていたら、スピーチの場面ではシャンと背筋が伸びて全身に生気が漲り、おお、さすがプロ!と感心した記憶がある。

 水野氏とも、かなり昔一度だけお目にかかって、こちらは幸いにも短い時間だが直接お話させてもらったことがある。

 水野晴郎といえばユナイト映画時代の広宣での辣腕ぶりは伝説だが、俺が会ったときはもうテレビの映画解説者として活躍されていた時期だった。

 テレビで見せるタダの福福しいオジサンという印象とは異なり、『すごくタフな人だなあ』という感想を持ったのを憶えている。

 いろんな意味で「憎からず思われた人」だったと思う。謹んでご冥福をお祈りする。
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by SIGNAL-9 | 2008-06-11 14:20 | 読んだり見たり

「リメイク」

 劇場ではスルーを決め込んで、DVDにも食指を動かされなかった樋口版『日本沈没』であるが、テレビでやってたのでなんとなく視聴。

 さて。

 最近だと、織田裕二の『椿三十郎』のような、「過去の名作」のリメイクものがけっこう出ているようだが、鑑賞しても結局のところ「完全にできあがっているモノ」を作り直す意味ってあるのかな?という疑問を持つだけに終わることが多い。

 その意味では樋口版『隠し砦の三悪人』も不安でいっぱいなのである(笑)

 ここでいう「完全にできあがっているモノ」というのは「完璧な作品」という意味ではない。

 「過去の名作」と評されるようなものは、その作品単体に対する虚心坦懐の評価みたいなものは実際上不可能ではないか、と思う。
 世に出た時代背景とか、誰がどんな文脈で評価したかとか、そういう「後付」の要素が名作を名作足らしめる部分も大きいのではないか。

 『日本沈没』からの連想で言うと、例えば『ゴジラ』の第一作目である。

 あれは今日、一般的な映画批評の文脈でもあまり悪し様にいわれることはない。
 だが、リリース当時はやれ「ゲテモノ」だ「子供だまし」だと、世間一般的な評価としては決して高いものではなかったのである。
 それが時代を経て、さまざまな文脈で語られることや、後発の作品群の中で相対的に評価が変わってきた。現在ではその「評価の上」で観る事にならざるを得ない。
 我々は作品を「見て」いるのではない、「観て」いるのである。

 さらに難しいのはこの「観る」という行為には、個人的な「思い入れ」・「思い出」のような甚だ曖昧だが強力なシロモノが関与していることが多い、ということである。
 彼女/彼氏の、「好きだったままで別れた昔の恋人の記憶」と争うみたいなもので、勝つのは容易な事ではない。

 こういう『完全に出来上がっている』モノを、わざわざ作り直して世に問うというのは、いい度胸としか思えない。

 確かに「技術」的には時代が進んだ分だけ「強化」できる可能性はある。例えば、『日本沈没』のリメイクということなら、ドラマ(いわゆる「本編」)部分はそのまま生かして、特殊効果部分だけCGで増量みたいな発想だ。
 これの極端な例が『STAR WARS』シリーズで見られたようなオリジナル製作者本人による「修正」である。作った本人がやってるんだからいいじゃん、ということで納得できてもよさそうなものだが、これとても「原点」に思い入れのあるファンからは文句をつけられる場合が多分にあるわけである。
 作品を世に出した時点で、その「作品」は、「評価・思い入れまで含めた」モノとなってしまい、製作者のものではなくなってしまうということだろう。

 ましてやまったくの別人の手によるものだと原点レイプだのなんだのと批判されるリスクはかなり高くなるといわざるを得ない。

 前作のネームバリューというのが魅力的な資産であることはわかるが、これはある意味では大博打なんではあるまいか。「昔の恋人の記憶」と同じく、リメイク作品自体の評価が、利用したはずの過去作のネームバリューとの闘い-しかもそうとう分が悪い-にならざるを得ないから。

 個人的にはリメイク絶対反対とは思わない。
 ただ、せっかくならもう少し分のいい勝負をしてくれた方が製作者側にも消費者側にも幸せなような気がするんである。
 脚本やプロットに見るべきところはあったのに製作費不足や力量不足でネームバリューはいまいちだったような作品の方が再利用の価値があるような気がする。

 『日本沈没』のリメイクではなくて『地震列島』のリメイクです、と言い張れば文句をいう奴は少なかったかも(笑)。『エスパイ』『狼の紋章』『ウルフガイ 燃えろ狼男』だったら今のほうがおもしろいものができるかも。

 いやまあ、確かに『さよならジュピター』のリメイクと謳っているモノをわざわざ観に行くヤツがいるか?という根本的な問題はあるが。

…俺はもしかしたら行くか(笑)

 SF関係ということで俺がすごく惜しいなぁと思っているものに、伊藤和典が脚本を書いた「VISITOR」(1998)という作品がある。

 これ、CGの出来があまりにもアレなんで、ほとんど注目されることも無く埋もれてしまったのだが、SF話としてはけっこうよく出来ている。焼きなおしても十分イケるような気がするのだ。
 ものがSFなんで一般受けはしないだろうが、「惜しいなぁ」と思ってるのである。

 どこかのバブリーな会社がまかり間違ってリメイクしてくれないかなぁ。
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by SIGNAL-9 | 2008-04-14 18:17 | 読んだり見たり

漫画家・西原理恵子 家族が“アルコール依存症”になったとき

NHK教育 2008年3月31日(月)この人と福祉を語ろう 漫画家・西原理恵子 家族が“アルコール依存症”になったとき

 まったく、月曜日からヘビーな番組を流してくれる。

 女流漫画家と区分けをした場合、俺がほぼ全作品をフォローしているのは須藤真澄西原理恵子ぐらいだ。

 西原理恵子を意識的に読み出したのは、『まあじゃんほうろうき』だったと思う。
 『恨ミシュラン』で爆笑し『ぼくんち』で泣かされて『鳥頭紀行』と『できるかな 』でたまげた。

 そのサイバラが、「家族」を語った番組だ。

 普段ならここでグダグダ「感想」を書くところなのだが、サイバラの凄みが薄っぺらな「感想」を許さない。

 サイバラのフォロワーは数多いが、100馬身ぶっちぎりでサイバラの圧勝に終わっているのはなぜか、という理由がうっすら判った様な気がする。

 久々に「全身漫画家」を目撃した。

 再放送:4月7日(月)。
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by SIGNAL-9 | 2008-04-01 13:30 | 読んだり見たり

SF作家アーサー・C・クラーク(「2001年宇宙の旅」作者)90歳で死去

SF作家アーサー・C・クラーク(「2001年宇宙の旅」作者)90歳で死去 デイリーミラー 2008/03/18 22:50
SF作家アーサーC・クラークが90歳で死去した。
水曜日早朝、第2の故郷であるスリランカで、呼吸障害により死亡した。
 世間的には『2001年』が有名なのだろうが、『地球幼年期の終わり』はSFに限らず文学史全体で見ても重要な位置を占める作品である、と断言できる。
 個人的には『宇宙のランデブー』や『楽園の泉』みたいなスケール感あふれる諸作が印象に残っている(つーか大好きだ)。

 また、いわゆる『衛星通信』の提唱など、現実の科学における功績や啓蒙も忘れがたい。

 2003年の第2回軌道エレベータ国際会議でクラークはこういった。
私は現在86歳で、20年後でもまだ106歳にすぎない。多分、生きているうちにそれを目にすると思う
 記事を読んだ時は「元気なじいさまだなぁ」と半ば苦笑したのだが、「ほんとに間に合えばいいよなぁ」とも思ったものだ。

 …なんだか心にまたひとつ、ぽっかり穴が開いちゃったような気分だ。

 心からご冥福をお祈りする。
 宝物をたくさん残してくれてありがとう。
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by SIGNAL-9 | 2008-03-19 10:16 | 読んだり見たり

広川太一郎さんが死去

アドリブ吹き替え広川太一郎さんが死去 2008年3月9日8時46分 日刊スポーツ
 「~しちゃったりなんかして」「きらーん♪」など独特のアドリブ吹き替えで知られた俳優広川太一郎さん(ひろかわ・たいちろう=本名・諶次郎=しんじろう)が3日、がんのため都内の病院で死去していたことが8日、明らかになった。68歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。
最近、あまり声を聞かないなぁ…と思っていた矢先だ。

 個人的には、やはりテレビでの実写吹替えが印象に残っている。
 二のセンなら『謎の円盤UFO』のストレイカー最高司令官、『サイボーグ危機一髪』(『600万ドルの男』)のスティーブ・オースチンなどなど。
 コメディなら『モンティ・パイソン』。映画だと『ヤング・フランケンシュタイン』。初めて広川版の吹替え聞いたときは腹筋割れるかと思ったものだ。
 アニメだとやっぱり『ムーミン』のスノークかなぁ。あと、『男達の夜かな』は聞いていたな。
 最近だと、ゲームの『デストロイ オール ヒューマンズ!』とか。

 フィルモグラフィーをチェックしてみて気づいたのだが、作品的には意外と俺の嗜好とカブっていないのだ。 あまり積極的には観ていない作品が多いはずなのに大好きだったということは、やはり印象が深かったということなんだろうな。

 買ったばかりの『モンティ・パイソン』吹替え版DVDを見ているのだが、どうもまだ実感がわかない。こういう寂しさというのは徐々にやってくるものなのかなぁ。
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by SIGNAL-9 | 2008-03-10 09:36 | 読んだり見たり

『モヤモヤさまぁ~ず2』の大江アナに萌える。

 先日、以前から気になっていたあることを調べようと思って出かけたのである。
 目的地に着いたので、カメラであちこち撮影したり、歩測したりしていたら、官憲の介入を招いた

つまり、おまわりさんに職質されたのである。

 多少自己弁護させてもらうと、撮影していたのは公共の文化施設の跡地であり、もちろん敷地にも侵入していないのである。
 ちょっとした知的好奇心に基づく個人の趣味すら弾圧しようとする国家権力の走狗のなんたる横暴なことよ、と泣きぬれて蟹と戯れる今日この頃なんであるが、まあ、客観的に見れば疑われる俺の方が悪いわな(笑)

 花粉症なので帽子を目深にかぶって大型マスクで完全装備、同じ交差点をグルグル周回しながらカメラであちこち撮りまくっているデブ親父、とくれば熨斗をつけて送り出せるほどの完璧な不審人物である。

 おまけに何をやっておるのか説明しろ、と言われても一言では説明できないので、明治末期まで遡って説明する羽目になり、路上に手持ちの史料まで開陳してようやく納得してもらった次第。

 最近は健康志向もあるのか趣味としての町歩きを行う人も多いようで、お年寄りご夫婦や、FIM-92A スティンガー携行対空砲みたいな大型カメラをぶら下げた若い衆を街中で見かけることも多いが、歩かれる町の住人からすれば「こんな名所でも旧跡でもないところをウロウロうろつき回って、しかも勝手に写真なんか撮りやがって」と思われても仕方は無かろう。

 やはり無用の疑念・不安感を抱かれないような風体・立ち居振る舞いを心がけないといかん。

 テレビ東京で毎週金曜深夜にやっている『モヤモヤさまぁ~ず2』という町歩き番組が気に入っている。

 かつての『DAISUKI!』後期の町歩きシリーズに似ているが、さらにいい感じにユルユルで、週末の夜にダラダラみていると、いい塩梅に脳内麻薬が分泌されて誠に具合がいい。

 俺は女子アナの類には一切関心が無い人間なのだが、この番組に出演しているテレビ東京の大江アナにはちょっと萌えているのである。

 そもそも今だかつて「ワキ汗」だの「大開脚で『産まれる』と絶叫」だの「本番中泥酔」だの「一般住民の家で本番中にトイレ拝借」だの「アナウンサーの面目躍如、キン○マ保健、チ○コアラームと正確に音読」だのという奇跡のイベントの数々で語られる女性アナウンサーがいたであろうか?…というのは置いておくにしても(置いとくのかよ)、感心するのは、交流する一般住民に毎度毎度きちんと仁義を切っていることだ。

 「失礼します」「お邪魔します」「ありがとうございました」ときちんと頭を下げてあいさつする。
 ドコゾの馬鹿テレビ出演者と違い、気安いのと無礼なのと慇懃無礼なのを勘違いしていないところが、親御さんのしつけかテレ東の教育がしっかりしているのかはよくわからんが、見ていて非常に気持ちがいい。ある種「無遠慮」なテレビの侵入を、きちんと折り畳んでからその場を去ろうという気遣いが感じられる。

 やはり「人様の生活の場」に足を踏み入れるときにはこういう礼儀と気遣いは必要だよな。
 大江アナと俺とでは月とワラジムシくらいの差はあるが、お手本にしたいものである。

 せめて警察に通報されることは少なくしないと…ってそんなに度々かよ!(笑
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by SIGNAL-9 | 2008-03-03 14:53 | 読んだり見たり

日本のSF50年

『ETV特集 21世紀を夢見た日々~日本のSF50年~』(NHK教育 10/21 22:00~23:00)。

 番組の内容的には「その史観はど~よ」と思うところは多々あった。

 特に翻訳モノや、番組で定義するところの「第一世代」以前への言及が皆無だったので、「俺の体感した歴史」とはちょっと、というか、かなりズレがあった。
 いささか牽強付会が過ぎるのではないか、というのが率直な印象だ。
 端的に言えば、「トキワ荘史観」で現在のマンガのすべてを語ろうというのと同じ無理さが感じられた。

 また、司会進行役や座談会のスピーカの人選にも不満が残った-『よく知らない』『SFとは意識しなかった』人たちを集めて『SF』について何かを語らせるというやり方が、「差別的な扱い」を受けていた「第一世代」の戯画になっていたような気もする。取り上げる作品くらいは読んでいるヒトを用意して欲しかったと思うのだけど。

 とはいえ。

 元SFモノとしては感慨深いものがあったなぁ。
 特に福島正美の録音テープとか、伝説の<仲良し旅行>のフィルムとか。
 史料的価値も高いし、もっとじっくり見たかったぞ。
 栗山千明のアキバ散策シーンなんかどうでもいいから(爆)

 …小松先生、いいかげんタバコ止めればいいのに(^^;)。
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by SIGNAL-9 | 2007-10-22 09:47 | 読んだり見たり

レトロムービーコレクション

WHDジャパンからレトロムービーコレクションと題して、その筋なDVDが廉価に出ていたのだな。
 一般店頭には殆ど並んでいないので気がつかなかった。不明を恥じる次第である(…恥じるほどのことなのか?)。

 レトロムービーコレクションの紹介によると、中々愉快なラインナップである。
 さっそく何本か購入してみた。
  • "吸血鬼ノスフェラトゥ 新訳版" ¥ 500
  • "カリガリ博士 新訳版"  ¥ 500
  • "巨人ゴーレム 新訳版"  ¥ 500
  • "ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド 新訳版" ¥ 500
  • "金星ロケット発進す" ¥ 780
  • "地球最終戦争" ¥ 780
  • "美人モデル 惨殺の古城" ¥ 780
  • "宇宙からの侵入者" ¥ 780
  • "血のバケツ" ¥ 780
  • "火星探検 ロケットシップX-M" ¥ 780
  • "猟奇島" ¥ 780
  • "狼男 謎の連続殺人" ¥ 780

 これだけ買っても1万円でお釣りがでるのだからうれしいではないか。

 『ノスフェラトゥ』や『カリガリ博士』、『生ける屍の夜』『金星ロケット発進す』あたりは当然(当然なのか)既に持っているのだが、比較の為に購入。

 バラツキもあるが、画質的には「そういうことは聞かないで」レベルである。500~780円でそういう無粋なことをいってはいけない。この手の作品を21世紀に字幕つきのDVDで見られるというのは、感謝こそすれ非難するようなスジアイではないのである(笑)

 うれしかったのは『猟奇島』。なぜかコレ、完全に見逃していたのだ。いや、もちろん作品としては知っていたのだが、俺的ベスト10に必ず入る『キングコング』と縁浅からぬ作品なのに、何故か今まで見る機会がなかった。俺的には幻の一本だったのだが、ようやく見られた。
 秀作である。この一本だけで完全に元を取った(笑)

 おまけに、まったく期待感なしだったのに拾い物もあった。『地球最終戦争』
 映画総体としてみると、まあ、アレな感じなのだが、クロード・レインズの怪演には一見の価値がある。『日本沈没』小林桂樹の田所博士と並び、マイ・フェイバリット博士入り決定。考えてみりゃあレインズのデビュー作『透明人間』もマッド博士モノではあるが、こっちの博士のキれ具合も(脚本のデタラメさと相まって^^;)非常に萌えるものがある。

 こういう映画を廉価に出してくれるトコロがあるのは、非常に喜ばしい。願わくば今後共かんばって欲しいものである。買い残した分も、鑑賞が追いつき次第順次購入してやるから(笑)

 さて、映画関係ではこんなニュースも。
 もっとも感動した映画ランキング発表 - 英HMV調査 マイコミジャーナル 2007/09/16
英HMVが来店客を対象に行った調査で、「もっとも感動した映画」は1994年公開の『ショーシャンクの空に』であるとの結果が出た。この調査は2,000以上もの作品の中から、もっとも感動した映画に投票してもらうというもの。僅差で『シンドラーのリスト』、『フォレスト・ガンプ ~一期一会』が上位3作にランクインした。
  1. ショーシャンクの空に
  2. シンドラーのリスト
  3. フォレスト・ガンプ/一期一会
  4. 素晴らしき哉! 人生
  5. リトル・ダンサー
  6. ブレイブハート
  7. グリーンマイル
  8. エリン・ブロコビッチ
  9. タイタニック
  10. スター・ウォーズ ジェダイの復讐
『素晴らしき哉! 人生』を挙げるヤツはフランク・キャプラの中でも一番出来の悪いものを何で選ぶのかとか『タイタニック』選んだやつは映画観る資格なしとか色々不穏な個人的思いはあるが(笑)、まあ、この種のランキングというのに、異論反論オブジェクションしても意味がないのは重々承知だ。しかし、そもそも「もっとも感動した」という基準がよく判らない。「泣ける」みたいな話にしちゃあ『ジェダイ』が入ってるのが何故という気はするし。『ブレイブハート』が入ってるあたり、エゲレスらしいランキングといえばらしいけど。
 曖昧な基準でヒトククリにしてランク付けつーのは無茶なような気もするがねぇ。

 よく思うのだが、この手のランキングって、もしかして「この映画が好き」じゃなくて「この映画が好き、と言ってる自分が好き」ランキングなんじゃねぇだろうか。「ああ、泣いちゃった。こういう名画で感動できるあたしってなんて心が純粋でゲージツ的なんでしょう」みたいな(笑)
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by SIGNAL-9 | 2007-09-18 14:41 | 読んだり見たり

武部本一郎展

弥生美術館 ~紙芝居からSFアートまで~ 武部本一郎展 永遠のヒーロー・ヒロインの世界

 武部画伯といえば、美形キャラといった印象がある。
 火星シリーズでいえば、もちろんデジャー・ソリスに止めを刺す。『火星のプリンセス』はジャケ買い、という奴は、俺も含めていっぱいいるはずだ(笑)

 ちなみに武部流の美形キャラの端的な例として眉村卓の『ねらわれた学園』(鶴書房盛光社版)の挿絵を引用しておこう。これに登場する異世界人は、みんな美男美女という設定なのだ。
 前列が一般市民で後列が異世界人の美少年(笑)。
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 ギリシア風でバタくさいのに、東洋風な面差しのある武部流美形キャラ。
 これが、とりわけ翻訳モノの挿絵だと上手くはまって、実にエレガントに感じられる。
 個人的好みでは、翻訳ものの少年冒険小説、例えばあかね書房版の『灰色の谷の秘密』(アンドレ・マスパン、河盛好蔵訳)の挿絵のような、美少年・美少女を書かせると、武部画伯は最高である。
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 今回の展覧会は、どちらかと言えばSF/ファンタジー系に重きを置いた展示で、俺的にはちょっとだけ残念だったのではあるが、武部画伯の原画-しかも未発表のものまで-が見られるとなりゃあ、見過ごすわけにはいかん。
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 いやぁ、実にいい目の保養をさせてもらった。

 入場料たったの800円、爆安である。ちなみに並列している竹久夢二美術館の方もこの金額でいっしょに観覧できるのでお得ですよ奥さん

 『囚われのデジャー・ソリス』の原画の前で、鼻をこすり付けんばかりに鑑賞していたキモい親父は俺である。
 他の御来場者にはご迷惑だったかもしれんが、ペンの運びの流麗さに思わず見とれて動けなくなってしまったのである。

 我々が目に出来る「挿絵」という形態だと、原画のクオリティが数十分の一しか出てないんだなということを再認識できた。
 残念ながら、印刷、特に「挿絵」の印刷のクオリティだと、原画の迫力は絶対に再現できない。 専門の画集でも、かなり無理があると思う。つーか、家に帰ってから画集を見返してがっかりした(笑)

 9月までやっているそうなので、もう二・三回は行かずばなるまい。
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by SIGNAL-9 | 2007-07-26 13:29 | 読んだり見たり