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【近デジ漁り】陰謀論

 近デジでは、いわゆる「陰謀モノ」もけっこう見つけることが出来る。

 近デジの対象時代は主に明治~昭和初期なので、やはり大正中期に「輸入」された「ユダヤ・フリーメーソンの陰謀」モノが多いようだ。

 まず紹介するのは、大正14年刊(ただし近デジのものは昭和4年の改訂13版)『世界革命之裏面』(包荒子 著)。

 包荒子こと安江仙弘は帝國陸軍の軍人。

 本書はその筋では有名である。
 あの『シオン長老の議定書』(本書では『シオン聖賢集会の議定書』)の初完訳が掲載されている本だからだ。

 今回ここに翻訳したものはそのニルスの原書で、私が在露中、旧露国警察官の密かに保管しておったものを辛うじて買収したものである。日本には英訳本を手に入れた人は何名かあるようだが、ニルスの原書を持っている人は恐らく私の外に二名あるばかりだろう。とにかく、貴重なるものである。

 日本に於ては今日まで議定書の抜粋が一、二の雑誌に公表せられたが世間の人の大部は勿論、政府も政治家も馬耳東風である。最もユダヤそのものが何物だかわからないのだから仕方がないが。甚だしい平和論者になると荒唐無稽の説だなどと、頼まれもしないユダヤ人の太鼓をたたいているものがある。これが議定書のいわゆる盲目の諜者で、ユダヤ人は陰で舌を出しているのだ。実に遺憾千万である。それで日本に全訳書の公刊されたもののないのを憂い、人々の参考に資する為全訳した。
 この文章に続き、以下のような注意書きがある。
 これより先ずマッソン秘密結社とユダヤ問題の事実の二章を読み而して後シオンの議定書を熟読吟味せらるべし

 「マッソン秘密結社」。

 いうまでもなく、今で言えば「フリーメーソン」(フリーメーソンリー)のことだ。
 この「マッソン(マツソン)」という独特の表記は、近デジの検索ワードに使えるくらい定着していたようである。

 『共産党の黒幕猶太民族の大隠謀を曝露す マツソン秘密結社の正体と我国の現状』(立正愛国社出版部 昭和3)というそのまんまの小冊子も近デジで読める。
 内容は同工異曲なので俺みたいな物好き以外はわざわざ読むまでもないけど(笑)

 そんな中でも『猶太研究』(大正10)。これはちょっと珍しい本だ。
 どこが珍しいかというと、この本、編者が『北満洲特務機関』
 つまり満州北部で活動していた帝国陸軍の諜報機関が刊行したものらしいのである。
 当然と言うべきか奥付によると『非売品』。
 緒言に書かれた;
 ここに頒布を受けたる各位の注意を煩わしたき件あり。
 1.情報の出所、特に研究者の氏名を公表せざること。 これ上田少佐の研究を頒つに方り述べたる如くユダヤ人は肯綮に当たれる(こうけいにあたれる。的を外さずピタリとしていること)ユダヤ研究の発表を嫌い、時として研究者に対し非常手段にてその生命を奪いたる実例あり
 などという辺りがいかにもスパイっぽい。

 さて近デジには、猖獗を極めるユダヤ陰謀論へのカウンターとして刊行された、満川亀太郎『ユダヤ禍の迷妄』(こちらも昭和4年刊)も所蔵されている。

 同時代に刊行された様々なユダヤ陰謀の本や論説が批判の対象として引用されているので、この問題のいいreferenceになりそうだ。

 だが、この本の萌えポイント(ぉい)は、前回紹介した『太古日本のピラミッド』でおなじみの、酒井勝軍のご尊顔が拝めること。

 酒井が以前に書いたユダヤ陰謀本『猶太民族の大陰謀』『猶太人の世界征略運動』などは、当然本書で批判対象となっているのだが、本書刊行時点では酒井は親ユダヤに180度変わっていたのである。
 別に酒井がフツーになったということではない。言ってしまえば(酒井自身にはその認識はなかったかもしれないが)、ユダヤ陰謀論から日ユ同祖説にトラバースしただけなんであるが。


【20120813追記】
 その後、『猶太民族の大陰謀』と『猶太人の世界征略運動』を読んでみて、酒井をいわゆる「ユダヤ陰謀論」者と同じに括るのは乱暴過ぎると思ったので、この段落は撤回する。
 端的に言えば酒井の「ユダヤ本」の論調は、いわゆる「ユダヤ陰謀論者」のように「反ユダヤ」的とは言いにくいからだ(ま、その上で陰謀論には肯定的であるようなのだが)。
【20120813追記ここまで】

 なので、反ユダヤ陰謀論である本書に付録として掲載されている、平凡社主催の「ユダヤ禍問題座談会」にも、酒井は満川らと並んで出席しているのである。

 本書口絵にその座談会の写真が掲載されているが、写真家のアラーキー(荒木経惟)に似たくさい酒井勝軍は、俺の期待通り、いかにも胡散臭い(良い意味で^^;)、イイ顔のオヤジであった。

 尚、この酒井勝軍という興味深い人物については、先月末(2012/7/31刊)出たばかりの、久米晶文『酒井勝軍: 「異端」の伝道者』がたぶん初めてのまとまった評伝だろう。

 こちらは俺は未だ読んでいない(…だって高いんだもの^^;。4000円は、俺みたいな貧乏人はさすがに躊躇する値段)が、興味のある向きは是非。
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by signal-9 | 2012-08-06 11:31 | 読んだり見たり

【近デジ漁り】「異史」本いろいろ

 さて、近代デジタルライブラリー(近デジ)で、俺がめっけたオモシロ本(俺基準)を紹介してみたい。

 最初はちゃんと読んでから一冊一冊取り上げる気だったのだが、とても手が回らない事に気づいたので、最低限目を通したものという基準で、リンクを放流することにする。

 今回は「異史」関係の本である。

 「異史」という言葉はたぶん無い。
 要するにフツーの解釈とはかなり異なる「歴史」つー意味で使っている。

 意味合い的には「偽史」でも「トンデモ歴史本」でも同じだろうが、「偽史」という言葉が含意している「正史」という概念にいささか気持ち悪さを感じているので、ここでは勝手にこう呼称する。

 なにはさておき、まずこいつから。

『上記鈔訳』(

 大和朝廷-神武以前の日本に関する本である。

 いわゆる「古史古伝」の元祖とでも言うべき大物が、自宅のパソコンで読めるというのは実によい時代になったものである。…すみませんウソつきました。古典の素養がないのでちゃんと「読め」てません。有名なので目を通してみたんですが、16ページ目で挫折しました。

 ということでWikipediaの解説にリンクを張ってお茶を濁しておく。伝奇ラノベとか書きたい向きは「ウエツフミによると」とかちりばめると、「おぬしやるな」と賢く見てもらえるかもしれないのでおすすめである(爆)

 もう少し読みやすいヤツを探してみたら。
 おおお。ありますよありますよ有名どころが。

『太古日本のピラミッド』  酒井勝軍

 この間中、PDFダウンローダーの記事のサンプルに使わせてもらった本である。

 表題の通り、「日本にピラミッドがあった!」という異説の元祖。
 酒井勝軍は元々キリスト教の牧師だったのだが、いつの間にやら反ユダヤ主義やらオカルトやらに立場を変えていった。近デジで検索してみると、1903年頃の著書は「英語唱歌集」とか「新式唱歌法」とか、どうみても平和そのものなのだが、1920年代には「猶太民族の大陰謀 」だの「猶太人の世界征略運動」だの、だんだんオドロオドロしくなり、1930年代になると「神代秘史百話 」だの「天孫民族と神選民族」だの、「おいおい、いったいどこに向かってるのだこの御仁は」な感じが読み取れて非常に興味深い。

『成吉思汗は源義経也』 小谷部全一郎

 うわ、これも入ってるよ。やるじゃねぇか近デジ。

 「源義経(牛若丸)は日本で死んでおらず、大陸に渡ってチンギスハーンになった」と論証する有名な本。
 ま、金田一京助らにフルボッコにされたことでも知られているわけだが。

酒井や小谷部があるのなら、当然この人の本も入っている。

『日本太古小史 日本の使命世界の統一』 木村鷹太郎

 木村鷹太郎はもともとは正統な史学畑の人で、検索してみると、「プラトーン全集」といったマトモなフツーの翻訳・哲学書なども多数収容されているが、なんといっても面白いのは「かつて日本民族が世界を支配していた」という信念に基づく一連の著作である。

 この「日本太古小史」は大著「世界的研究に基づける日本太古史」()のエッセンスを語ったものなので、最初に目を通しておくと木村「新史学」の雰囲気が掴めるだろう(というか、いきなり「日本太古史」だと1000ページ近いので挫折すること請け合い)

『キリストは日本人なり その遺跡を探る』 仲木貞一

 これは近デジ基準ではバリバリの近刊(昭和14年)なのでさらに読みやすい。
 というか、研究書のタグイではなく、エッセイ(ただしトンデモ風味)である。
 それもそのはず、仲木貞一といえば劇作家・映画脚本家。
 特撮ファンにとっては「怪奇大作戦」の「幻の死神」「死者がささやく」で有名な仲木繁夫監督のお父さん、といえばわかるだろう(わかるのか)。

 あと、仲木貞一といえば、「ムー帝國」(平田昭彦の声で)、ぢゃなかった伝説の巨大大陸「ムー大陸」、ジェームズ・チャーチワードの『南洋諸島の古代文化』をいち早く日本に紹介した人物としても知られているのだが、なんと、これも近デジに収容されているのである!

 この他、「古事記とか日本書紀の神話ってヒッタイトとかユダヤ神話が元祖なんじゃね?」石川三四郎の『古事記神話の新研究』とか、「ナポレオンってホントは実在してなかったんじゃね?」リチャード・ホエットリー "Historic Doubts relative to Napoleon Bonaparte"の翻訳本『那翁伝記之疑点』とか、「異なる歴史」の本が、近デジには所蔵されている。

 ということで、今日はここまで。
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by signal-9 | 2012-08-03 15:56 | 読んだり見たり

『妖怪手品の時代』(横山泰子著 青弓社)読了

 こういう本はできれば褒めたいのだが、残念ながらいまひとつ、という感想。

 端的にいえば、『妖怪手品』というキャッチーな言葉で著者が表そうとしている「概念」が、曖昧すぎるのだ。

 「幽霊出現などの怪異現象を種や仕掛けによって人為的に作り出す娯楽」という『定義』には、時代とか表現メディアを規定するような要素が含まれていない━というか、P.25によれば意図的に除いたそうなのだが、俺は、この「再定義」はやりすぎだと思う。

 この定義は、「あとがきに代えて」の章がいみじくも示しているように、宴会芸からお化け屋敷、歌舞伎、推理小説から映画まで、近代のすべての『時代』・メディアの「娯楽」をカバーしてしまう。

 この種の概念にはある程度の(例えば、「享保年間に伝授本という形で流布された、幽霊出現などの怪異現象を種や仕掛けによって人為的に作り出す、ちょっと笑える方法」みたいな)制約を付けないと、何も定義していないのと同じことなのではないか。

 例えば、オプティカル合成などのいわゆる『特撮』以前の、日本の初期の怪談映画には、歌舞伎などの「早変り」を応用したと思われるシークエンスが見られることは俺みたいな偏った映画ファン(笑)ならよく知っている(化け猫映画などに良い例が見られる。色の異なったメイクアップで、ライティングを切り替えることで一瞬に「変身」したように見せるとか)。

 これなぞ、著者基準で言えば典型的な「妖怪手品」だと思うのだが、いまさら「新しい用語」で分類する必要性があるとも思えないし、どう考えても直接的に江戸時代の伝授本と関係があるとは思えない。

 あるいは、手品的志向のある推理小説として江戸川乱歩を挙げるのはよしとしても、推理小説ファンなら「乱歩が含まれるんだったら、ディクスン・カーはどうなの」とか「『バスカビル家の犬』なんか、人為的怪異現象なんじゃね」とか、いくらでも「これはあれは」を挙げられるだろう。

 畢竟、『妖怪手品』とは、「著者が知っていて、『妖怪手品』的だと思ったもの」という恣意的・同義反復的意味しかないような気がしてならない。

 正直、本書を読んでいる間に「牽強付会」という四文字が何度も頭をよぎった。

 もう少し概念を整理するなり、体系化するなりしないと、せっかくキャッチーな言葉なのに使い勝手が悪いんじゃなかろうか。
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by signal-9 | 2012-06-18 22:46 | 読んだり見たり

『おもしろ図像で楽しむ 近代日本の小学教科書』読了。

おもしろ図像で楽しむ 近代日本の小学教科書 樹下龍児 中央公論新社。

好いたらしい本だ。

 単純に「素晴らしい」でもなく「面白い」でもないのは、ちょっと嫉妬が混じってるから。この辺の話、俺もブログのネタに考えてたからだ(笑)

 俺のごときチンカスの嫉妬なんぞ問題にならない、さすがに歴史と造形美術のエキスパート・プロの仕事である。

 過不足無く抑制のきいた品の良い文章といい、図版の選択眼といい元資料の豊富さといい、とてもではないが俺ごときでは著者の足下のエベレストの麓にも及ばない。

 特に感心したのは、これだけの図版を逐一復元・修正したその労力と能力である。

 判型が四六判なのが惜しいくらいだ。
 図版がもっと大きければもっと細部まで楽しめるだろうに…というのはいささか贅沢な望みだろうか。

 図版を見てるだけで楽しいし、本文が又、俺内蔵の「へぇ」ボタンが壊れるほどの内容の濃さ。

 後書きを見る限り、著者の元にはまだまだタマは残っているようだ。

 たぶんこの日本近代の教科書というタマだけで、他にも色々な切り口ができる。

 本書の東西南北の教え方の絵を時系列で比較してみた章なんか実におもしろいので、もっと詳細な分析とか、物理学(窮理学)・博物学全般に範囲を広げた分析とか、是非読んでみたい。

 俺としては強く続編・続々編を希望するのだが、このクオリティだと大変だよなぁ。
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by signal-9 | 2012-01-19 15:02 | 読んだり見たり

『地雷を踏む勇気』と『検証 大震災の予言・陰謀論』 読了。

地雷を踏む勇気 ~人生のとるにたらない警句 小田嶋 隆

 処女作「我が心はICにあらず」を読んだとき、「もしかしてこの男、日本のバーナード・ショーたり得るのではないか」と注目したのだが、その後はいささかアレな感じだった。
 とはいえ、凡百の「似非イスト」だの「混乱ムニスト」に比べればはるかに読ませるので、つかず離れずという感じで読んできた。

 本書は、あのころのオダジマな感じ。読ませる。考えさせる。

 「今年」の姿は出来る限り記録として残しておきたいと思う。これは「今年の空気」の一部分を活写した記録として後世に残す価値がある。

 読了後、さっそく図書館に献本しておいた。

検証 大震災の予言・陰謀論 “震災文化人たち”の情報は正しいか

 こっちの方は、ちょっと「うううううううん」な感じ。

 いや、内容はいちいちごもっともなことが多いし、特に海外メディアに関するアンドリュー・ウォールナー氏の記事は記録としても貴重と思う…のだが。

 前にも書いたけど、俺は少なくとも現時点では、震災や原発事故に関する諸問題を、「ニセ科学」だの「トンデモ」だの「陰謀論」だの的なラベリングで一刀両断する戦術の有効性には疑問を持っている。

 『地雷を踏む勇気』と続けて読んだから、よりいっそう感じるのかもしれないが、結局のところ、『検証 大震災の予言・陰謀論』の方はいったい「現時点の誰に向けて」書いてる本なのかがよく分からないのだ。

 批判対象として選択されているモノ・ヒトは、ある観点から見れば「明らかに不公平・非対称」な選択と見られても仕方がないと言わざるを得ない。

 対立軸はいろいろあるにせよ、俺は概ね「ややASIOS寄りのニュートラルな立場」と自認しているのだが、その俺でさえ、この本の批判対象の選択にはけっこうな「バイアス」を感じてしまった(「このヒトを取り上げといて、なんでこのヒトはスルーなの?」みたいな)。

 もちろん、公平に批判すべき対象(声が大きい、すごく「変な」モノ・ヒト)を選ってみたら結果的にそうなった、ということかもしれないが、現時点ではこの種の「バイアスを疑わせる」だけで戦術的には「損」なんじゃなかろうか。

 構成にもう一工夫・配慮があった方がよかったかなぁ。
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by signal-9 | 2011-11-21 13:14 | 読んだり見たり

「水曜シアター9」、9月いっぱいで終了

twitter情報。post:darkboさん 
【残念なおしらせ】「水曜シアター9」は、9月いっぱいで終了します。うち、映画の放送は来週を含めて残5回。この5回をもって、「木曜洋画劇場」以来42年半続いたレギュラー映画番組は、テレビ東京のゴールデンタイムから一旦姿を消します。無念です。ファンの皆さま、申し訳ありません。

ゴールデンタイムでの映画が完全に無くなるわけではなく、
今後も特番という形での放送はあるでしょう。
ただ、吹き替え版を独自に制作する機会はほとんどなくなるでしょうし、
あったとしても「イズム」や「らしさ」は失われるでしょう。
かつて携わっていた者としては、それが残念でなりません。

 俺も残念だ。

 このワクと言えば、地上波吹き替え映画最後の牙城つー感があったのだが、それにもまして『木曜洋画劇場』時代からの伝統の、あの頃の東宝東和臭漂う次回予告CMが印象深い。
wikipediaでも纏められているが

「ヴァンダミング」(ヴァン・ダム)
「最強オヤジ」(セガール)
「男のリトマス試験紙」(スタローン)
「汎用人型決戦番長」(スナイプス)
「力こぶれ、肉密度1000%!!」(シュワルツネッガー)
こういう気の狂ったような(褒め言葉)アオリ文句が実に楽しいのである。

いいなあ。予告CMの方が本編より面白い上に、正規の予告編よりも見る気にさせるというこの感じ。

権利関係で不可能だろうけど、この予告CMだけでDVDにしてくれりゃあ絶対買うんだが。

テレ東さん、お別れ記念に予告CMを纏めた特番、やってくれませんかねぇ?
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by signal-9 | 2010-08-20 11:14 | 読んだり見たり

MM9

 樋口真嗣、伊藤和典といったその筋にとってはクるものがあるメンツが並んでいるMM9であるが、幸いなことにオレん家でも視聴可能な東京MXで放送してくれている。

 俺的には特に、我が敬愛する特車二課・後藤隊長を彷彿とさせる久里浜部長に萌えているのだが(笑)。

 で、問題の第六話である。

 放送直後、若い友人から、メールが入った。

 「わけわかんない。禁断の惑星ってなんですか?」

 うーん。そーかー。最近の若い子はしらんのかぁ。まあ、取りあえずググれ。

 「ググりまいたが、やっぱりよくわかりません」

 こういう作品に関する「解釈」というのは、往々にして見当外れでバカをさらすことが多いのであまりやりたくはないのだが、たしかに若い視聴者には些か解説が必要かもしれんな。

 まずねぇ、白黒のあの絵作りみたら、オジサンたちは反射的に小津安二郎を思い出すのよ。んで、「小津」で「父と娘」の物語といえば『晩春』つーのが半ば自動的に想起されるわけだ。

 で一方の『禁断の惑星』だが、これも「父と娘」の物語だ。
 このwikipediaの解説だとちょっと判りにくいんだが、そもそも「イドの怪物」を生み出したモービアス博士の「潜在意識」というのは、娘に対する些か歪んだ愛情というか、独占欲の現れだったことは作品の中で解説されているんである。

 エディプス・コンプレックスとかエレクトラ・コンプレックスとか、もっと下世話にファザコンというか、まあ精神分析的用語(フツーのことをわざわざジャーゴン化することでテメエが賢くなったような錯覚を起こさせる疑似科学の一種。たとえば「つらい思い出」をPTSDと言い換えるなど)を振り回すまでもないだろうが、要するにどっちの作品も、母親のいない家庭での「父と娘」の濃密な関係性-とその解消-がテーマになってるわけだ。

 こういう読み筋だとMM9での、

「子どもができて怖くなって…私が母親になれるんだろうか…はじめさんの子供を育てられるんだろうか…だって私、お父さんの…」
「それは言うな。それは言っちゃいかん」

だの、

 「あれは妊娠した時おなかの子が女の子だとわかったそうだ。自分と同じような想いはさせたくないと産むことを拒んでいたよ」

だのという思わせぶりなダイアログの「意味」も推測できるんじゃなかろうか。

 あといくつか俺が気がついたことを思いつくまま挙げておくと、
  1.  俺の記憶違いかもしれないが、流れてたBGMにもジャコモ ・ プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」(わたしのお父さん)を使ってたような気がする。
  2. 物語の舞台である「昭和25年」というのは、小津の『晩春』の公開の翌年、『禁断の惑星』は1956年(昭和31年)なのでまだ製作すらされていないからお父さんも知らなかったわけだ。
     ちなみに、この年の夏、「ジェーン台風」という大きな被害を出した災害があった。MM9の世界では怪獣を台風のような自然災害の一種として気象庁が管轄しているのはご存じの通り。


 細かく見ていくとまだまだありそうだが、ヤボはこれくらいにしておこう。

 しかしこのドラマ、クセ玉が続いてけっこう面白い。

 大怪獣モノを期待した向きには期待はずれだろうし、この手の「解釈」を要求するような作品が混ざるのは万人向けとは思えないが、こういう作り手の趣味嗜好が反映されたドラマは最近珍しいので、楽しみに見てるのである。
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by signal-9 | 2010-08-16 14:36 | 読んだり見たり

いい本屋・ダメな本屋


 本を読むのは好きだ。

 「趣味=読書」なんて大層な事を言い張る度胸はないが、各種統計の平均値から客観的に判断する限り、いわゆる「本好き」には分類されると思う。

 ところで「読書」というのは、単に目的の本を読むという行為だけではなく、ブラリと立ち寄った本屋で本を漁る楽しみ、みたいなものも含まれているのではないか(「今日の早川さん」でもしばしば書店めぐりがテーマになってるね)。

 単に目当ての本を入手したいのであれば、通販や、最近はオンライン書店という便利なものもある。俺も購入時の気まずさを軽減したい場合(爆)にはよく利用する。

 だが、発見の過程も含めた読書を楽しむためには、やはり本屋さんである。

 例えば、たまにしか行けないが千駄木の往来堂書店なんか、好きな本屋のひとつである。
 町合いの小さな書店なのだが、特に人文系の書架がまるで店主の御自宅の本棚のようで、中々に趣味的な品揃えである(笑) この「趣味」に共感できる人にとっては、オンライン書店などではなかなか味わえない「本を漁る楽しみ」が味わえる。

 こういうやり方、他人事ながら商売としちゃあ大変だろうと思うのだが、ガンバってほしいものだ。

 逆にどうにも好きになれないのが、特に名を秘すが、○の内○AZ○にある、○善。これくらい伏字にしておけば特定できないよな。

 ここは俺基準ではダメダメである。

 まずもって書架が高すぎる。

 本屋の書架は、背表紙をきちんと読めて、手を伸ばせば取れるように、せいぜい2メートル程度(30センチ×5~6段)であるべきと思うのだ。現に、ある種の古書店のようなヘタに漁られると困るような場合で無い限り、大抵の書店-大型書店を含めても-ではそうなっているのである。

 ところがここの書架は、アンドレ・ザ・ジャイアント仕様としか思えん。老眼近眼チビ車椅子は対象外つーわけでもなかろうが、並べ方に「買ってもらおう」という意識が見えないのである。「ビルの天井が高いから書架も高くしました」的な芸の無さである。踏み台が置いてあるからいいだろう? メンドくさい上に、落っこちてケガしたらどうするのだ(笑)

 いったん気に入らなくなるともうダメで、お客が本を漁ってる脇で「失礼します」の一言も無く本の整理を始める店員とか、本の並べ方に思想性を感じられない(笑)とか、どうも余程のことが無い限りこの店でじっくり本を漁ろうという気が起きない。

 唯一褒められそうなところがあるとすると、店内のそこここに設置してある検索端末くらいだが、目当ての本の所在がわかっても、それが棚の上の方だとガックリくるうえ、ここで言ってるような「漁る」楽しみにはあまり向かないシステムである。

 そんなこんなで、近所にある同系統の大型書店と比べても「ああ、この店は本が好きじゃあないんだろうな」と思わされてしまうのである。
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by SIGNAL-9 | 2008-11-07 16:50 | 読んだり見たり

マイケル(マイクル)・クライトン死去

マイケル・クライトン氏死去 米作家 2008年11月6日 07時49分
マイケル・クライトン氏(米作家)AP通信などによると、4日、がんのためロサンゼルスで死去、66歳。家族が明らかにした。

 42年、シカゴ生まれ。ハーバード大で医学を専攻。在学中に創作活動を始め「アンドロメダ病原体」で人気作家に。「ジュラシック・パーク」や「ディスクロージャー」「ライジング・サン」などは映画化された。

 ロイター通信によると、作品は世界で1億5000万部以上が売れた。

 日本でも放送されたテレビドラマ「ER 緊急救命室」の制作も手掛けた。(ニューヨーク共同)
近作はあまり熱心な読者ではないが、昔々読んだ『アンドロメダ病原体』は衝撃を受けたなぁ。いきおいで原著まで買ってしまった…たぶん、初めて原著で読んだ小説。

小説家としては『ジュラシック・パーク』が有名なんだろうが、個人的に好きだったのを並べると;
『緊急の場合は』(え、アンドロメダと同じ人なの!とビックリした)、『サンディエゴの十二時間』(これTVドラマ版も面白かった)、『北人伝説』(正確性はむむむだが、冒険小説として)あたり。

長く読み継がれるタイプの作家ではないが、「今」を切り取ることに長けた才人だったと思う。

ご冥福をお祈りする。
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by SIGNAL-9 | 2008-11-06 08:00 | 読んだり見たり

「かみちゅ!」は観とけ。

 関東のU局、東京MXで毎週土曜日22:00から「かみちゅ!」の再放送中。

 22:30からは続けて「かんなぎ」放送という、実に神々しいラインアップである(笑)

 過去何回か言及したが、この「かみちゅ!」という作品は、魔法少女モノ(の変奏曲)として近年出色の佳作である。

 志を感じさせる丁寧な作りが観ていて心地よい。なにしろ萌え系には基本興味ゼロの俺が迷わずDVD購入に走ったくらいである(笑)。未見の人にはぜひ鑑賞をお勧めしたい。

 上のwikipediaの放送一覧を見てもわかるとおり、なんでこういう良作が深夜枠中心なのか。

 確かにHDDレコーダやらなにやらがこれだけ普及している現在では「放送時間」にそれほど意味があるとも思えないという意見もあろうが、テレビ、特にアニメみたいな番組を「意図的に観る」ヤツはむしろ特殊で、基本的に「行きずりの視聴」であろう。深夜枠というだけで良作との出会いの機会が少なくなってしまうのは、単純にもったいない。

 ビジネスモデルが蜂の頭で大人の事情が股火鉢ということもわからんではないが、ど-みても箸にも棒にもかからんバラエティ番組なんぞより一般視聴者に対してもよっぽど訴求力があると思うのだが。

 …という「ジャンル分け」での相対評価が、「アニメだから」という理屈と表裏一体であることは自覚しつつも、ああ、もったいない。
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by SIGNAL-9 | 2008-10-20 00:00 | 読んだり見たり