カテゴリ:東電災害( 37 )

種痘と牛の角。

「災害と流言飛語-コレラ禍をサンプルに-」というエントリの続き。というか、その後考えたこと。

 「コレラ」と並んで日本に甚大な被害を及ぼした伝染病に天然痘がある。

 日本が天然痘(痘瘡)対策の種痘を取り入れたのがいつ頃のことかというと、意外に早いのである。

 明治3年には種痘法を実施、翌4年には種痘規則を制定。
 明治9年には種痘規則を改定して強制的な種痘実施に踏み切った。
 この対応は本家イギリスに遅れることわずか二・三年。世界的に見ても、けっこう早かったのである。

 この対応の早さの下地となったのは、明治政府に先立つ江戸幕府がすでに天然痘に対応可能な医療人材を育成していたことがあげられる。

 寛政年間に人痘法により成果を得ていた緒方春朔や、文化年間に人の往来を抑制することによって流行を押さえられることを提唱していた橋本伯寿などは有名だ。

 万延元年には官立の江戸下谷種痘所で幼児への種痘を開始するなど、江戸時代から種痘に対応できる人材や知見は既にあったのである。

 ところが、これだけ対応が早かったにもかかわらず、明治19年の天然痘死亡者数は東京だけでも169人に上る
 医者は居た。技術もあった。国もそれなりに対応した。にもかかわらずこれだけの人間が死んだのである。

 なぜか。

 ひとつの理由は、当時はまだ種痘自体に現実にリスクがあったということを挙げなければなるまい。

 明治7年7月頃から東京で天然痘が流行し、7月の感染者301人のうち死者154人。7年12月から翌年3月22日までの統計では死者は累計で3377人。

 だが、同時期に種痘で死亡したものが44人。種痘はしたものの結局天然痘に罹患して死亡したものも3人いた。

 (ちなみに1974年まで使われていたいわゆる旧ワクチンの乳幼児接種では脳炎・脳症を始めとした中枢神経合併症の副作用によって100万人あたり10~30人程度の死者が出ていた。いわゆる「種痘禍」)。

 これは明らかな「リスク」であり、明治期にはこの「リスク」を理由に種痘を忌避する向きもあったようだ。

 もうひとつの理由がある、とする見解もある。

 種痘をすると牛の角が生えるとか西洋医は生き血を取るといったデマが蔓延り、種痘を忌避するものが少なくなかったため、というものだ。

 非常に教科書的な見解を述べるならこういう風になるだろうか。

 「牛の角が生えるというあり得ないデマを信じてしまったばかりに、生きるチャンス―しかも極めて高確率のチャンス―を逸してしまった人が確実にいたわけだ。
 しかも当人だけじゃなく、デマを信じてしまったことで間接的に自分の子供の命を奪ってしまった親や、伝染病の宿主になることで他人に被害を及ぼしてしまった人も確実にいたわけだ。なんて馬鹿なことだ。無知は罪だなあ」

 逆にこういう見方もできるかもしれない。

 「牛の角が生えるは確かにトンデモないデマだが、実際に種痘自体で死んだものも居たわけで、その意味ではもしかしたら「デマを信じて種痘を忌避し結果的に生き残った」人がいたかもしれない。無知は罪なんてばっさり切り捨てていいだろうか?」

 うん。わかってる。
 確かに後者の意見はリスクの多寡や蓋然性を無視した、非論理的この上もないヒネくれた暴論だ。

 だが俺の一部には「牛の膿を体に植え付けるなんてそんな怪しげなキリシタンバテレンの妖術が信用できるか!」的な、当時の一部の人々の脊髄反射的<気持ち>もわからんでもないなぁ…と感じてしまう部分もあるのである。

 東宝特撮映画の傑作『妖星ゴラス』にこんなシーンがある。

 地球にゴラスが衝突する。その対策に当たっている科学者がタクシーに乗り、その話題を運転手に振ると、運転手氏はこんな風に答えるのである。

 「そりゃあ学者の理屈から割り出すと衝突することになるんでしょうが ね、そう理屈通りにはいきませんや。 今までもそんな話は沢山ありやしたが、ぶつかったためしなんてねえでしょ。 マスコミは騒ぐのが商売だし、学者の理屈からすればそうなるんでしょうけど、理屈どうりになっちゃあ困りますからね…」

 この運転手氏のその後は劇中では描かれないが、いよいよゴラスが地球に迫り、天変地異のまっただ中で彼がどんな感想を持ったのか、ちょっと知りたい気もする。

 映画の観客としての目線は科学者側に誘導されるにしても、俺の中には確実にこの運転手氏も存在しているのである。

 リクツとキモチの間の乖離というのは、ひとりの人間の中でもやっかいなものだ。

 俺だってもしかしたら、キモチが先に立って「げぇ、牛の膿だって」と思ったかもしれない。

 だが、「種痘を植えると頭から牛の角が生えてくる可能性があります! 大事な子どもを守る為に種痘を受けてはいけません!」なんて話を聞いたら眉につばを付けながら本当に牛の角が生えたヤツが居るか調べるだろう。大抵の人間はそこまでデマゴークに踊らされるものではないだろうとも思う。

 天然痘が事実上根絶できたように、リクツの方がキモチより「マシ」(あるいはより正解に近い)なのであれば、最終的にはよりマシな結果にいたるのだろうという希望も持っている。
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by signal-9 | 2012-04-10 16:39 | 東電災害

新単位:「あやシ~ベルト」を提唱してみる。

 原発のもたらした災害に絡んで、まだまだ色々な情報・論説がバラ撒かれている今日この頃、「はて何を信じたらいいのやら」と途方に暮れているのは俺だけではないはず。

 確かに最近は、この種の情報の錯綜・混乱は多少沈静化の傾向は見えるが、いつまた何時「実は…」話が政府・東電から開陳されるかもしれず、まったく予断を許さない状況であることには変わりがない。

 下品を承知で例えると、これは競馬新聞の「○×確定」的な情報に賭けるべきか・賭けざるべきか、を判断するのと本質的に同じことである。

 問題の深刻さは大分異なるが、大抵のひとは仕事などを通じて日々同じような情報の取捨選択の作業を行っているはずである。

 例えばコンピュータ屋の俺は「このシステムは買いだろうか」とか「この営業の言ってること、信じられるのかなぁ」とか、日々判断を下しながら仕事をしているわけで、その方法論は、この手の取捨選択にはある程度応用が出来るのではないかと思う。

 ということで、俺はココに「あやシ~ベルト」という単位を提唱したいのである。

 何がホントか・どれが正解かは判らないが、どうも金や命を張るのはヤバそうな怪しげな情報は少しでもふるいにかけてみよう、というのが趣旨だ。

例えば、俺は仕事では、このような「ふるい」をよく使っている;
  1. 「もしこれが正しかったらこうなるのでは?」が、現状とかけ離れている。

  2.  何かものすごく簡単な方法で被曝のリスクを大幅に下げられる的な方法がある、みたいな話がある。ちょっと試してみようかしら。

     いやいやいや、ちょっと待てよ。

     もしもそんな簡単な事でナントカ出来るのだったら、機を見るに敏な製薬会社とかが放っておくわけはないのではないか?
     ご家庭で簡単にできるような対処法だったら、「あったらいいなをカタチにする」小林製薬あたりが速攻で商品化して、「ヌケルン」とか「セシウムトール」とかのキャッチーな名前で大々的に売り出しててもおかしくなかろう。

     でもそんなフシはない。

    (俺の業界だと「ググッても出てこない」とか「出てくるんだけどリンクを辿ると出所が一カ所」みたいな話がこれに相当する)

     つまるところ、商品化できるほどの知見もなきゃあ、確かめようとするヤツもいない程度の話なんじゃないのか?

     ということで、「小林製薬が売り出していない」のであればその話は0.2μあやシーベルトくらいに評価していいのではないか。

     ちなみに「売り出した」場合でも0.1μあやシーベルトくらいには考えておいた方がいいかもしれないが。なにしろ世の中には便秘の漢方薬を「やせ薬」みたいな商品名で販売している製薬会社もあるようだから(爆)。

  3. 「主語」がない。

  4.  主語が無い「だそうです」「と言われています」があったら、怪しんだ方がいい。

     主語らしきものがあっても、「一般的に言われています」「友達の友達の情報」だのは疑ってかかる。

     「~すべきだ」論にもこの類が多い。
     「誰が」が明示されていない「べき」論は、クソの役にも立たないのである。

     この手の論説は、かなりあやシーベルトが高い。0.5μあやシーベルトくらい。

  5. 「可能です」「可能性はあります」

  6.  ちなみに仕事では、「可能です」だの「可能ですか?」だの言うヤツは門前払いである。

     よくコンピュータの宣伝で「~することが可能です」みたいなキャッチが書いてあるが、あれは「(オプションでコレとコレとコレを買ってくれれば)可能です」とか「(およそ出来そうもない前提条件を満たした場合には)可能です」みたいな、「ウソではないが実際的ではない」話であることが非常に多いのである。

     およそ想像できるすべてのことは「可能性がある」わけである。
     「可能」と「実際に出来る」のは話がまったく別なのである。

     この「可能性」を振り回す論述は、大抵の場合、リクツ上の話と現実の話をまぜこぜにして誤魔化そうとしているか、問題をよく把握できていないのである。
     これは0.3μあやシーベルトくらい。

  7. 「もし~だとしたら」の多段重ね。

  8.  経験則だが、「もしかしたら」を三段重ねにすると信憑性は限りなくゼロである。
     0.8μあやシーベルトはあるな。

  9. 議論の態度がヘン

  10.  カガク的な話とか、ヒョーロン的な話なら「論者と論説の内容は切り離して考える」というご立派な態度が取れるだろうが、バクチをやるときには、論者が今までどんな論を展開してきたかとか、その態度はどうだったのかというのは非常に重要な判断ポイントになりうる。
     例えば俺は仕事上色々なカタチの文書や資料のやりとりを行うが、

    • どこをどう直したかを明示せずにこっそり書き換える
    • 削除してしまい無かったことにしようとする
    • メールとかでやたら!マークを使う

     こういうことをするヤツとはなるべく距離を置くようにしている。

     また打ち合わせとか議論の場で、
    • やたら上から目線・逆にやたら卑屈な態度
    • 「理解できないのは全部相手のせい」で自分の説明が悪いかもという可能性に思い至らない
    • 勝つまで止めない・妥協という選択肢が頭にない(「議論したい」んじゃなくて結論を出したいのに)
    • すぐキレる
    • 自分から仕掛けておいて「あなたとはお話にならない」と切り上げ
    • ポジショントーク
    • ラベリング
    • 陰口
    • 泣き落としのタグイを使う
    • ヒモを隠す。例えばある会社の営業マンが自社製品をプッシュするのは当たり前だが、ヒモがついてるのにそれを隠して-客観性を装って-誘導しようとするような。

     こういう「態度」の人は、どれだけ良いことを言っている様に見えても、かなりバイアスが掛かっていることを疑わせる(ちなみに、こういう営業マンだのSEだのは実在するのである^^;)。

     このタイプは本人は「真摯」なつもりのヤツが多くタチが悪い。
     ヘタに乗せられると後で「聞いてないよ~」になる確率が非常に高いのである。
     0.8μあやシーベルトくらいと評価したい。
 とまあ、他にも色々あるのだがとりあえずこのくらいで。

 こんな感じで評価してみると経験的には、加算方式で1.5μあやシーベルトを越えるとかなり危険であると考えている(ちなみにいうと、こういう「特徴の加算で、しきい値越えたら」という判定はスパムとかウィルスフィルタでもよく使われる手だ)。
 付合ってるうちに累積で年間1ミリあやシーベルト越えるようだったら、付き合いそのものを考え直した方がいいかもしれない(笑)

 もちろんこれは確率的な話なので、逆境無頼なヒトはハイリターンを狙ってあえてそっちに張るということもあるだろう。

 ただ、そーゆー大バクチはハイリスク・ノーリターンに終わることが多いのである。

 俺のン十年に渡るコンピュータ屋としての経験で、最も重要な知見は

「やらずぼったくりは効かない」

ということなんである。
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by signal-9 | 2012-01-06 17:45 | 東電災害

今年もそろそろ終わりだが。

 今年、2011年は未来の日本史の教科書に必ず記述されることになる年だろう。

 まったく今年はクソだった。

 仕事納めの帰り際、同僚が投げかけてくる『よいお年を』という決まり文句が何ともうつろに聞こえた。

 年を越したらリセット、なんて甘い状況ではない事は明らかだ。

 有史以来最大級の自然災害、そして原子力災害。

 首相殿がなんと宣言しようが、状況はまだまだ進行中で、収束の姿すら見えていない。
 それどころか、特に後者に関しては、俺の年齢では何十年後かの「収束のニュース」を聞くことはできないだろう。
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 まあ俺もオトナだから同僚には『はい、良いお年を』と応じたが。
 
 …今年のブログもこれで書き収めだが、やっぱり『よいお年をお迎えください』なんて気分じゃあないなぁ。
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by signal-9 | 2011-12-28 22:57 | 東電災害

適当なタイトルが思いつかないのだが。

 反省かたがた、東電災害のカテゴリで自分が記録してきた文章を見直してみた。

 我ながらそんなに大ハズレなことは書いてこなかったようで、ちょっと安心。

 だが、いささか絶望的な気分にもなっている。

 一例を挙げると、俺は4月14日の段階でこう書いていた
だから早急にもっとメッシュの細かいリスクマップを作成する必要があると思うのだ。

 都市部でいえば、まずは子どもが多く集まる場所を優先して調査すべきだろう。
 例えば学校(特に土のグラウンドや花壇)・公園・池などの水たまりなどがあるところなどだ。
(中略)
また、都市部で気になっているのは下水である。

 上水道は入口出口で調べているようだが、下水処理の過程での汚泥に関してはどうか。 コンクリートやアスファイルトは土ほどCsなどを留めないとすると、放射性物質は雨水で流れ、最終的には下水汚泥の中に集まるかもしれない。
 汚泥や、その処理によって出来る焼却灰やスラグの中にCsなどが集まると、今度はその始末を考える必要があるだろう。
 ちなみに、かたくなに
「地上20メートルの計測はおかしい。計測値の低いところだけで計っている」とか「地面近くの子供の背丈ぐらいのところでなぜ計測しないのか」など俗説がツイッター上で流されている。生半可な知識で専門性を否定する風評は許されない。
と、新宿区百人町の地上18メートル計測のデータだけで東京都全域が安全だと、副知事が率先してミスリードしていた東京都が、23区内全域百カ所での計測を完了させたのが6月20日

 下水道の汚泥が問題になるかも、という予想は、およそ一ヶ月後の5月になってニュースになり始めた。 汚泥の始末の方法を考えないと、下水処理システムが立ちゆかなくなるかもという危惧も予想通り(ちなみに、処理に困って基準側を引き上げるだろうというのも予想通り)。

 別に自画自賛しているわけではない。

 この程度のことは多くの人が予想していたし、警告していたことだ。
 そもそも俺のごときド素人が思いつくことくらい、現場のプロは当然予想していなきゃおかしいし、予想していたはずである。

 にもかかわらずこの後手後手感はどうだろう。

 感覚的な話なんだが、行政だけでなくこの事故の当事者にならざるを得なくなった一般大衆を含めて、「する必要があってもしたくない派」「する必要がない事でもしろ派」の両極端があって、ソイツラの声がでかいので、本来必要な「やる必要があり、やれることをやる」がフ~ラフラしてるような気がしてならないのである。

 「する必要があることをする」には、いろいろ意見を交わしたり交渉したり折衷したり妥協点を探ったりといったことが必要なはずだ。その為には、相手の言い分を聞く、という事が前提になるはずである。

 道の両側に分かれてバンバン撃ち合ってるガンマンが迷惑なのと同じように、今の状況下では「極端な立場」 (「我こそが正義」「意見が違えば即罵倒」「1か0か」 etc) というのは、実務性にとって足を引っ張る害悪でしかないと思うのである。
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by signal-9 | 2011-10-21 17:36 | 東電災害

減容と保管の方策を急ぐべきだ。

松戸市公式ホームページ/剪定枝・落ち葉及び草の収集の変更について
このたびの東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う、放射性物質の飛散が原因で、本市の焼却灰(飛灰)に含まれる放射性物質の値が、国の暫定的な基準値(8,000ベクレル/kg)を超えたため、対策として大口の剪定枝等の焼却施設への搬入を停止しました。

 その結果、和名ヶ谷クリーンセンターの飛灰の値基準値を下回りましたが、クリーンセンターの飛灰の値は減少したものの基準値を超える状態が続いています。

 今後の対策としまして、家庭から出る剪定枝・落ち葉及び草についても、当面、焼却施設への搬入を停止することになりました。

 それに伴い剪定枝・落ち葉及び草の収集を、8月22日(月)から次のとおり行っていきますのでご理解ご協力をお願いします。

 焼却灰の放射能濃度についての報告書を見ると、8月22日からの家庭から出される剪定枝焼却処理停止前後で確かに減少しているようだが劇的というほどではない(対策前の漸減傾向とさほど大差がない減り方のように見える)。
 俺的にはもう少しデータが積み重ねられないと有効度は判断できないが、松戸市としては有効度高しと判断したのだろう。

 いずれにしても落ち葉や草木が主要な汚染源のひとつであることは蓋然性が高いことに異論はない。

 これから冬を迎え、葉っぱは落ちるし草も枯れる。枯れた植物は再飛散もしやすかろうし、落ち葉>植物>また落ち葉というスパイラルも発生するだろう。そのまま放置しておくと延々と悩まされることになる。

 平常よりも多少コストはかかるかもしれないが、この秋から冬は、行政は積極的に街路樹・公園などの落ち葉や雑草類の始末を付けるべきだと思う。
 その意味ではこの松戸市の取り組みに他自治体も追従する動きがあるのは歓迎すべき事だろう。

 が、ちょっとよくわからないのは、分別回収して燃やさなくなった剪定枝の行き先である。

 燃やしてしまえばイヤでも減容されるが、不燃物扱いだとカサばったままである。その状態でどこかに置いておいて堆肥化するにしても燃やすほどの減容にはならないだろう。
 俺の邪推であることを望むが、この分別回収が「焼却灰の置き場に困って仕方なく分別することにした」だったら、問題を先送りにしているだけということになる。

 これ、今後の積極的除染作業や、出てくるかもしれない汚染されて出荷できなくなった農産物にも言えることだが、植物というのは非常に嵩張るものなので、減容と保管のことを考えていないとあっという間に破綻することになりかねない。

 最近の焼却炉ならば燃やしてしまってもセシウムは再飛散せず、焼却灰とフィルタでトラップできる、というのが公式見解なのであるから、結局「燃やしてしまう」以外の選択肢はないのではないか。

 で、いずれにしても問題は、これらの焼却灰などを「誰がどこにどのように保管するか?」に帰着する。

 個人的には以前から固化前提での深海投棄を主張してきたが、この話がまったく俎上に載らないということは、俺のごとき愚民の浅慮では計り知れない問題があるのであろう。
 海がダメで、埋設するか人里離れた場所に保管するか程度しか選択肢がないとすれば、具体策もおのずと絞られてくるような気がする。
  • 減容の能力が十分でない自治体は、それなりの対価を手当てしてでも焼却・コンクリート固化を引き受けてくれる事業者を見つける。

  • 自前で埋設場所が確保できない自治体は、同じくそれなりの対価を手当てして、埋設・保管場所を提供してくれるところを探す。

 「フクイチから出たものはフクイチへ=廃棄物は福島県で保管しろ」みたいな意見には、プライマリな被害者である福島県民の心情を考えると到底賛成できないが、「これ以上リスクを拡散させるな」「オラが県に持ち込むことは断固反対」という「本音」も理解できる。

 そもそも「安全」と「安心」はレベルが違う話だというのは俺の当初からの意見であり、「カガク的に安全だからお前の所に埋設させろ」なんて話はまとまりようがないだろう、というのは妥当な推測なのではあるまいか(例の大文字焼きや花火の問題が今頭の中をよぎっている)。
  • 今回の災害由来の放射線源はほぼCs137とCs134であり、比率は概ね1:1なので、半減期2年のCs134の減衰により10年以下の期間で空間放射線量はかなり低下することが期待できる。

  • Cs由来のγ線は比較的遮蔽が容易である。ある程度の密度のある土や水でもかなり押さえられる。また逆二乗則もあるので、人家からある程度距離があれば、一次放射線の影響はほとんどない。

  • 問題は放射線源であるということで、セシウム(最終的なバリウムも)それ自体は生化学的には(比較的)危険なシロモノではない。経年的にリスクは低下していく。

  • 保管(搬入や埋設作業などを含め)するに当たって飛散などによる二次被曝のリスクはなるべく軽減する必要がある。

 この辺りを踏まえると、思いつくのは「搬入が比較的容易で人が定住していない場所」だ。

 例えば、日本には、海岸線が100メートル以上あり定住者がいない、いわゆる「無人島」は6,000以上ある。搬入は水上運送が利用できるだろうし、灰や植物なら経年的には「無害」なものに変わるので、有毒物質溢れる産廃ゴミの島みたいなことにはならないだろう。

 「あそこだここだ」と迂闊なことは言う気はないし、そもそもの運搬コストや自然保護や漁業権などの問題があることは重々承知だが、このあたりを埋設・保管場所に使用するなどの議論も、そろそろ必要なのではないか。

 かなり確実に予想できることは、今の状況を鑑みるに、この課題はイチ・ゼロで解決できる問題ではなく、状況に応じた複数の策が必要になるであろう事だ。

「全部フクイチに集めりゃいい」
「全部どっかの無人島に」
「全部深海投棄で」

 というような「全部」を一気に解決するような策ではなく、この部分はココ、これはこの方法(「何もしない」という選択も含めて)で、という分割統治なアプローチが必要だろう。
 つまり「国が一括でなんとかしてくれるのを待つ」ではなく、現実に課題に直面している自治体それぞれの自主的な活動が必要だろうと思う。

 通常のゴミ処理のシステムに齟齬を来している(処理に困る焼却灰が生み出され続けている)のは、風評でもなければ心配しすぎでもない、目の前にある現実の問題である。
 おまけに短期間(災害の発生した本年中)にある程度何とかしないと、どんどん問題が厄介になる可能性が高い。

 コンピュータ屋の知見で言えば、分割統治式アプローチは、概してコスト高に繋がるのだが、この問題に関しては、出来る限り早いうちに、ドカンとコストをかけてでも問題の軽減を図るべきだと思う。
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by signal-9 | 2011-09-29 14:14 | 東電災害

一般ゴミから放射線 汚染源はなんだろう? その2

 いささか古新聞であるが、東京都23区清掃一部事務組合のHP【報道資料】放射能等測定結果及び焼却飛灰の一時保管について(第2報)(平成23年7月21日)(PDFファイル616KB)が掲示された。

 以前から調べるべきだと主張していた、「排ガスの放射能濃度測定結果」が記載されている。
残念ながらまだ大半が「分析中」「7月下旬採取予定」で空欄のままだが、分析の終わった板橋・光が丘・江戸川はいずれも「不検出」。また処理に伴う放流水も現時点では「不検出」。板橋・光が丘・江戸川など、いずれも飛灰処理汚泥からはそれなりの量のセシウムが検出されているので、「大半が清掃工場施設内でトラップされている」ということを期待させる。
 続報を待ちたい。

 付属している「放射線量等についてよくいただく質問と回答」というFAQをみると、
Q1.清掃工場の灰から高い放射能が検出されたのはなぜですか
A1.東京電力福島第一原子力発電所から排出された放射性物質が原因であると考えています。ごみの種類を特定することはできませんが、放射性物質が焼却に伴い濃縮されたものと考えています。
 なんて呑気なコメントがあるが、「ごみの種類を特定することはできません」などという投げっぱなしジャーマンみたいな話ではなく、なんとかゴミの種類を特定する努力が必要だと思う。

 特定まで行かなくても、せめてある程度絞り込みができないものか。

 以前も書いたが、汚染源は何なのか、というのは誰しもが抱く疑問であろう。

 第一報(6月分)と第二報(7月分)を比べてみると、トラップされているセシウムの量はほとんど変わらないようだ。濃縮された飛灰のセシウムの合計で見てみると、桁のオーダーではほぼ変わっていない。

 少なくともこの一ヶ月間、ゴミに含まれるセシウムの量がまったく減っていないということは、継続的に発生し、どの清掃工場でもまんべんなく検知されているということは、ごく一般的なゴミ、ということが推測できる。

 現状までの知見だと、俺が思いつくのは草木や落ち葉などだが、23区の可燃ゴミの組成の調査結果ではそれらは全体のたった9%程度とのことなので、ちょっと収支的に納得がいかないのである。
 かといって、紙だの一部のプラスチックなどにそうそう付着しているものでもなかろうし、食品汚染起因で生ゴミというのも量的に納得がいかない。

 別に興味本位だけで調べるべきと言ってるわけではなく、
  • ゴミの種類によっては前処理段階でもっと効率的に除染出来るかもしれない。
    例えば、事前に分別したり、洗浄処理などで洗い流せるのであれば、後工程での飛灰での高濃度濃縮を抑制するなど、処理システムをより効率的にすることができるかもしれない。
  • こういう種類のゴミが主要な汚染源である、ということが周知できれば、一般人の行動の選択の幅が広がるかもしれない。
と思うからだ。

 いずれにしても、この焼却灰問題は解決しないとシステム自体が立ちゆかなくなる恐れがある。東京都23区清掃一部事務組合のもう一がんばりを期待したい。
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by SIGNAL-9 | 2011-08-02 15:09 | 東電災害

災害詐欺。

放射能不安ママ 12L21000円の「放射能分解水」に飛びつく NEWSポスト7 2011.07.14
ガイガーカウンター片手に母親が公園や学校の放射能の値を測る光景はテレビ等でおなじみとなっているが、原発や放射能に怯えるママがいれば、その不安につけ込み、一儲けしようと目論むものたちが出てくる。ノンフィクションライターの窪田順生氏がレポートする。
「放射能を分解する」水、1本1リットル弱のボトルが12本で2万1000円也。

独立行政法人国民生活センターのページを漁ってみると、この手の話がぼろぼろと。
  • インターネット通販で放射能測定器を注文し、代金を振り込んだ。商品発送予定から2週間過ぎた頃、「輸入した商品に欠陥が見つかったので解約してほしい」と業者からメールが届いた。返金するという話だったのに、1カ月が過ぎても返金がなく、電話してもつながらない。

  • 震災の影響で失業中のため、副業サイトを検索していた。「返信してくれたら1500万円をあげる」というメールが届き、返信。サイトに登録したところ、アドレス交換費用や回線をつなぐ費用等を請求され、200万円近く支払ったがお金はもらえず、だまされたと思う。返金してほしい。

  • 「被災地からきた」と言い、みかんの販売業者が自宅に訪ねてきた。試食して、友人と1箱2kg分4,000円を半分ずつ買うことにして支払うと、「計算もできないのか。14,000円だ」とすごまれた。

  • 金の買い取りをしているという業者が訪れ、「買い取ってもらうような金は持っていない」と断り続けたところ、「まったくアクセサリーがないのか。震災の影響で金が不足して日本中が困っているのに協力できないのか」と脅された。

  • 今回の原発事故の影響で、原子力発電は使われなくなる。今後は風力発電が注目される。B社は風力発電事業を行っており、将来有望な会社だ。あなたは特別優待で、今のうちに安く買っておけば、後で得をする」と勧誘され、B社の未公開株を1口40万円で購入した。
     その後、証券会社を名乗る業者から次々と「1.5倍で買い取る」「買い増ししてほしい」という勧誘の電話がかかるようになった。

  • 「東日本大震災の被災地を支援する会社の未公開株を買わないか。将来は上場する会社である。今のうちに未公開株を購入しておくと後でもうかる」と説明された。
     勧められるまま未公開株を購入してしまったが、返金してほしい。


 "儲け話"に乗っちゃた人は自分の金銭欲が招いたことなので、薄ら笑いをしながら「ご愁傷様」としか言いようがないが、"災害支援詐欺"やら"放射線計測器販売詐欺"に引っかかってしまった人には同情の念を禁じ得ない。

  「ホーシャノーを分解する水」話は微妙。
 平時の俺なら爆笑ネタ扱いだろうが、今は状況が状況だけに。

 カガク的以前に常識に照らしてさえ「おいおい」な話に乗せられる方悪い、と切り捨てるのは簡単だが、今のこの状況下では、普段はできる正常な判断ができなくなってしまう人が出てきても、おかしくはないかなぁという気もする。

 ま、いずれにしても騙す奴が一番悪いのだが。
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by SIGNAL-9 | 2011-07-14 17:23 | 東電災害

笑っちゃいかんのだろうが。

放射能を恐れすぎるな、フクシマの危機は過ぎた。 2011年07月11日13時30分 BLOGOS

 「自由報道協会」が主催したラファエル・アルチュニャン博士の会見。
ロシア科学アカデミー 原子力エネルギー安全発展問題研究所副所長。物理数学博士。
チェルノブイリ原子力発電所での災害発生以来、事故のもたらした結果を根絶する仕事に積極的に加わり、25年間チェルノブイリ・テーマに特別な関心を払ってきた。
重大事故の専門家として、チェルノブイリにおいて形成された燃料溶岩の拡散を未然に防ぐ作業に加わり、燃料挙動モデルを作り、破壊された原子炉の調査を再三にわたり実施。これは特に、破壊されたブロックを封鎖し180トン以上の照射核燃料を抱えたシェルター建造物の安全性確保の問題に関することであった。
 これが、何というか安全厨狂喜・危険厨憤死な内容。

  1. 東京電力および規制・監督機関からインターネット上で発表している情報量は、実際に何が起こっているのかを把握する、そして、放射能汚染の被害がどのようなものであるかを把握するに十分な量だと言える。

  2. 今回の事故は原子力の過去の歴史の中で、3番目に起きたシビアアクシデントであることは間違いないが、放射性物質の放出量においてはチェルノブイリ事故時の量と比較すると、はるかに少ない量であると言える。

  3. 日本政府は初動対応として、20キロ圏内の住民避難を行ったが、この措置は大変迅速・必要不可欠で正しい措置であった。

  4. 大気への汚染物質の放出は、常に、水への影響よりも深刻な問題に発展する。それが海洋であるならばなおさら問題にはならない
     魚の体内からも基準値を超える放射能が検出されているが、通常設定されている基準値というのは、その数値を超過したからといって、危険であるということではない。

  5. 原子力発電所での事故自体が健康に与える影響はそれほど深刻なものではない。それよりも大きな問題は、事故の後の、放射能で汚染された地域の状況。住民は、「放射線を危険なもの」として、ほかの危険物質に対する反応と比べ、はるかに過敏な反応を示す。
    メディアは今後、国民の不安を煽り、存在してもいない放射能の影響や放射能被ばくによる遺伝的後遺症などについて書き立てるだろうが、それによって国民が再び被害者となることを避けなければいけない。
    チェルノブイリでなによりも問題だったのは、恐怖を感じていた国民の心のストレスである。存在していないものに対して恐怖心を抱いてしまうということが福島でも、もし同様に起こるようなことがあれば、それは大変残念なことだ。

  6. 当研究所が理解している内容からも、また、東京電力および原子力保安院の情報からも、格納容器の底板の溶解は起きておらず、また溶解した燃料が地中に達していないと言うには十分であるといえる。であるから措置としては、単純に、冷却をし続けるということ。今行っていること以外で他の措置を講じる必要はなし。メルトスルーは起こっていない。
    もし仮にメルトスルーが起こっていた場合でも、地中に留まり冷えて固まるだけ。もちろん、これは問題ではあるが、大気中に放射性物質が拡散することに比べれば、危険度ははるかに低いと言える。

  7. 私の知る限りでは、日本では最初の1年で累積される放射線量が20ミリシーベルト以上であれば避難対象となるという基準が発表されている。
    この基準レベルは、国際的な勧告および科学的なデータにもとづき、50ミリシーベルト、もしくは、100ミリシーベルトという数値に設定しても問題にはならない。100ミリシーベルト以上の地域に絞って避難対象としても問題ないし、まったく安全な数値。
    チェルノブイリでは、年間被ばく線量が1回のCTスキャンの線量にも満たない地域の住民まで被曝者としてしまう法律が出来てしまいかえって問題にしてしまった。

  8.  ICRPでは、健康被害が絶対に起こらないようにあえて数値を低く設定しており、推奨する100ミリシーベルトという数値は、100を超えたからといって、すぐさま健康に害を与えるという訳ではなく、さらに十分すぎるほどの余裕をもって100という数値を設定している。健康にぜったいに被害を及ぼさない絶対的な安全を保障するというのがICRPの手法。
    100ミリシーベルト以下であればいかなる健康被害も起こりえない、これは、全ての人々、つまり、子どもでも大人でも適用される数値。
     もし20ミリシーベルト以上という基準を設定するとなると、これにより多大な問題が発生することが予想される。大量の人々が避難対象となり、そうなると、社会的そして経済的な問題も発生してくる。残念ながら、私たちもチェルノブイリを通して同様の経験をした。

 どこが笑いどころかというと、この会見を主催した「自由報道協会」というのは、かなり反原発の立場の組織であることだ。

 司会者の岩上安身氏や、「自由報道協会」設立準備会暫定代表の上杉隆氏などはまあ、どうみても反原発側の立場の方である。

 で、ロシアからわざわざ専門家を招聘して記者会見してみたら、上のようなことをベラベラと喋られてしまったわけだ。

 笑っちゃったのは、司会者の岩上氏が、アルチュニャン博士を「国際原子力マフィアの一員」よばわりしていること。
原子力産業に従事する、いわゆる国際原子力マフィアの一員は、いずこも同じようなものなのかもしれませんが、日本人的な、曖昧な「中庸」を装うことをせず、自分の寄って立つイデオロギー的なポジションに忠実なところは、いかにもロシア人、と思わされました。

もっとも姓から推察するにアルチュニャン氏は、アルメニア系と思われますが。こうした原子力マフィアの皆さんの、国際的支援と連帯を得て、東電はじめ、世論操作メールを仕掛けた九電含む電力会社も、経産省内の原子力維持派も、力を得ているのだとわかったことだけが、唯一の収穫だったかも。
 論者が、自分たちと違う意見の持ち主だったからといって「いかにもロシア人」だの「原子力マフィア」だのとクサする司会者というのは、どうなのだろう(笑)。 少なくとも客観的な立場のジャーナリズムではないわな。

「自分の寄って立つイデオロギー的なポジションに忠実」なのは岩上氏ご自身なんじゃあるまいかねぇ(笑)。
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by signal-9 | 2011-07-12 17:56 | 東電災害

災害と流言飛語-コレラ禍をサンプルに-

 東日本大震災に伴う流言飛語・デマに関して初期から論説を展開されていた荻上チキ氏「検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)」
 タイムリーで興味深かった。
 この種の記録はなるべく大量に後世に残しておくべきであって、保存の利く書籍という形態であることが重要。読み終わったので、さっそく近所の図書館に寄付しておいた。

 さて、災害にまつわる流言飛語というと、俺がぱっと連想したのが、明治から大正、昭和初期にかけて極めて甚大な被害を出したコレラ禍なのである。

 コイツが日本に入り込んできたのは江戸末期からだが、明治以前の流行は、Wikipediaで言及されているように、比較的押さえ込みやすかったようだ。
 大きな理由は、コレラは空気感染しないので、人の動きの制限や上下水道の管理によって感染拡大を抑えることが出来たからであろう。

 例えば、明治維新の大混乱で江戸-東京の上水道システムが完全に崩壊してしまった事が、明治初期の東京のおけるコレラ禍の大きな一因だったのではないか、という見解がある。
 大都市江戸は、江戸幕府のお膝元ということで、上水道整備にはかなり力が入れられていた。おまけに各地に関所というものがあって、人の自由な往来をある程度抑制することも可能だった。

 この「システム」が御一新で崩壊してしまったわけだ。

 明治10年8月、長崎と横浜でコレラ発生。おそらく上海からの伝播。10月にかけて全国的に流行し、この年の患者数は全国で1万3,710人。死者7,976人。
 死亡率58%。人がコロリと死んでしまうから「ころり(虎狼痢)」と呼ばれたのも理解できる。

 この頃、横浜でこのような噂が広まった。

 「この病気は浦賀にやってきた黒船がおいていった魔法だ」

 「黒船に乗ってきた黒人が海岸で洗い物をしていたのをみたぞ。白いあぶくがいっぱい出ていた。きっとあの泡が海に流れて魚に飲み込まれたのだ。その魚を食べた人からコロリが発生したのだ」

 「白いあぶく」というのは言うまでもなく「石けんの泡」なわけだが、そーゆー冷静なツッコミは後になってからしかできないわけで、パニックになった横浜ではコレラ避けのおまじないに、赤紙に牛牛牛と三つ書いた謎の札やヤツデの葉を門口に下げることが流行した。

 明治12年7月9日、大阪市、コレラ予防のためとして、消化しにくい寒天・心太・ひじき・あらめ・かぼちゃ・蟹の販売を禁止。

 同年8月頃、コレラの大流行で各地で騒動が頻発した。

 香川県小豆郡ではコレラ退治の祈祷と称し、数百人が裸に泥を塗って練り歩くという騒ぎが発生。

 金沢では「コレラ送り」と称して、若者数十人がわら人形を担ぎ、笛・太鼓・ほら貝を鳴らしながら行進。隣町の者が汚らわしいと町内の通過を阻止したため乱闘となり、双方にけが人が出る。あちこちの村で馬を引き紅白の衣装を着て練り歩くという騒ぎも。

 9月頃、岐阜県大野郡でコレラ患者の吐しゃ物を畑に撒くと良い肥料になるという流言が広がる。巡査が出動、畑を掘り返して消毒する騒ぎに。

 この年の12月7日までのコレラ患者総数は16万8,314人。うち死亡10万1,364人。死亡率60%。
 この当時の錦絵では、コレラは頭が獅子、胴体が虎という猛々しい巨大な猛獣に擬せられている。逃げ惑い、遠巻きから石を投げつける町民。消毒薬噴霧器で立ち向かおうとする医師の姿があまりにも矮小に描かれている。

 この当時のコレラは、人間にはほとんど立ち向かうすべのない巨大な怪獣と目されていたのである。


 以下、「流言飛語」という観点からずらずらと並べてみると;

■明治15年

 2月頃、伊豆地方で「コレラの流行は旧暦を廃止したため」という流言が広がる。

 5月、東京の神田と芝にコレラ発生。全国に蔓延。患者数5万1,618人。死者3万3,776人。
 コレラ避けの呪符類の販売禁止。

■明治19年

 前年流行したコレラが夏ごろから再び蔓延。患者数15万5,923人、死者10万8,405人。

 5月、新聞に「炭酸飲料を飲むとコレラの感染が防げる」という記事が出てラムネの売り上げが激増

■明治20年

 大阪でタマネギがコレラに効くという流言。それまであまり食べられていなかったタマネギ食が飛躍的に普及


 その後も数年おきにコレラは流行し、甚大な被害を出し続けたわけであるが、それはちゃんとした専門書籍に当たってもらうとして、「災害と流言飛語」という観点からちょっと考えてみる。

 この「怪物」に近代科学とて手を拱いていたわけではなく、かの細菌学の父、コッホがコレラ菌を同定したのが1884年(明治17年)、1892年(明治25年)、英国の細菌学者W.ハフキンがコレラ菌の弱毒株の開発に成功し、直接立ち向かうすべを手に入れた。

 興味深いことに、同じ「流言飛語」と思われるものでも、明治27年頃には「アイスクリームは危険とされ敬遠され、ラムネは玉ビン詰が安全といわれますます売れる」…といった具合に、カガク的知見を多少反映したものになっていくのである。

 「呪符・祈祷頼み」「タマネギが効く」というようなトンデモ話と比べると、「流言飛語」もちゃんと進歩してるようなのである。
 「アイスクリームの忌避」「生水ではなく瓶詰め飲料」なんてのは、防疫の観点からすれば理にかなった流言飛語と言えるかもしれない。

 結局の所、「正しい」知見とその「正しい」流通、そしてその知見を「正しく」判断するための教育(ちなみに明治27年頃、日本の就学率は六割を超えた)といったことにより、みんなが経験値を溜めることで流言飛語と「正しく戦う」ことができるようになってきたということだと思う。

 このあたり、今の俺たちにとっても十分に教訓になるのではなかろうか。
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by signal-9 | 2011-07-08 12:28 | 東電災害

友人宅の除染を手伝う。

 ささやかな政治力にものを言わせて(^^;)、シンチレーションサーベイメータが借りられたので、かねて相談されていた友人宅の除染の手伝い。

 短い時間だが講習めいたものも受けたのだが、今更ながら、放射線測定つーのは素人には難しいことを痛感していた。

 ので、友人とはあらかじめ、細かい数字は要求しないことと、相対的に「う~ん」な数字を目安として予め握っておき、「う~ん」な場所を優先度を付けて対処という約束をしておいた。

 鉄筋コンクリート2階、庭付きの一戸建て。家族四人(友人と細君、その子どもと、細君の母親)。
 作業に当たったのは友人+細君+俺+友人二人。

 家の中は夫婦で予めかなり清掃を進めていたので、確認の為に測ったら、比較の為に事前に測っておいた俺の家より全然低かった(笑)

 ベランダや壁面もほぼ問題ないだろうと合意できたので、庭を中心に作業開始。

 チェルノブイリの知見通り、庭の草木の始末(剪定、落ち葉や雑草の始末)と、土がむき出しのトコロは表面削り、だけでかなり低減できた。だいたい半分から三分の一くらい。

 ちと難渋したのが、金魚を飼ってる小さな池。野ざらしなので池の底に泥が溜まってる。
 どうみても怪しいので、泥を少量掬って乾かして測ってみると、案の定「う~ん」な線量。

俺:「どうする? 掻い掘り(水をくみ出し)する?」
友:「それは大仕事だなぁ。水で遮蔽されてるみたいだし、金魚にも異常ないし、今日はとりあえず放置でいいや」

 雨樋から水が落ちてくるところの土。他の知見と同じく、ここも「う~ん」な線量。
 ただ幸いなことに、家の横手で滅多に人が近寄らない場所だそうだ。

「近寄らないようにすればいいんじゃね?」といったが友人は心配だから取り除きたいという。

「だいぶ染み込んでるみたいだし、あんまりほじくり返しても」
「いやいやいや心配だし」
「こんなところの土、いくら(お前んとこのバカな)子どもでも喰わないだろ」

 暫く議論したが結局、ホームセンターで激安購入してきたプラ製のカゴみたいなもの(元々何に使うものなのかよくわからないが、洗濯カゴよりはちょっと小さめ)で、出水口付近を覆ってしまい、間違っても子どもが触れないようにすることで当面の暫定対策。

 で、そこそこの量でそこそこの線量のゴミが出た。

 俺は、普通に燃えるゴミとして出してしまえ、と主張したのだが(爆)、良き市民たる友人の細君は、庭の裏手の物置の下(土台の足で持ち上がっているので、その下の部分を掻い掘りして)に埋設処理を希望した。

 もういい加減暑くて疲れてきた男どもは、素面でやってられるかええええええいビールだビールを持ってこい、などとぶつぶつ言いながらも御意のまま作業。

 結局1日がかりだったが、再計測の結果、奥さんのお許しが出たので、久しぶりの宴会になだれ込む。

 飲みながら色々話した。

 一時はマジで引っ越しを考えたこと、旦那と奥さんのリスク認識の差に起因する夫婦仲の悪化、今日の作業を見ていたご近所に後でいろいろ詮索されるかもしれない懸念、政府と東京電力と市役所への罵詈雑言など。

 つくづくこの災害は罪深いなぁ、と感想を抱きつつ、にわか除染部隊は帰途についたのであった。
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by signal-9 | 2011-07-06 15:44 | 東電災害