カテゴリ:町歩き( 35 )

高所玄関

 赤瀬川定義の「トマソン」の一ジャンルとして、いわゆる『高所ドア』という分類がある。

 どんなものかということはGoogleのイメージ検索でも見ていただくとして。

 これは岩本町で見かけたもの。
c0071416_9192851.jpg

 たぶん、もう使われていない空き家なのだろうが、昔は荷物の搬出入に使われていたのだろう。二階部分がサッシの引き戸になっていた。
 これはいわゆる高所ドアとは呼べないかもしれない。かつてはこういう風に使われたんだろうな、と容易に想像がつくので、別段奇異には感じないからだ。

 で。これこそが高所ドアなんじゃないか?というのがこれ。
c0071416_91943100.jpg

 普通の民家? 確かにこの角度で見ると、フツーに見える。
 が、逆の側面へ回ってみてたまげた。
c0071416_9195412.jpg

 …この家、どうなってるんだ?
 純和風の木造の家が、モルタルの家に合体しちゃってるように見える。
 おまけによ~く見ていただきたい。
 木造の家の玄関が、二階部分にあるのである。

 一瞬、これは玄関のように見えるけど、窓か、荷物の積み降ろし用のドアなんじゃないか?と思ったのだが。
c0071416_920445.jpg

 ど~みても『玄関』である。
 このサイズだと読めないだろうが、玄関脇に赤い札が張ってあるのがわかると思う。ここには、『押し売りお断り』てな記述があるんである。

 よくありがちな高所ドアだと、元々一軒家だった建物の半分だけ取り壊したために、渡り廊下のドアが高所に残るというケースがある。が、渡り廊下に玄関を設置というのはちょっと考えにくいし、家の中に『押し売りお断り』の札を掲示するわきゃない

 さよう、間違いなく「玄関」なのである。これは。

 横が駐車場になっている。おそらく、この駐車場部分に、かつては何らかの構造物があったのだろう…と思うのだが、どうも「元」の姿が想像できない。

 元々平地だったとしか思えない場所で、周りを掘り下げたという感じではない。
 ぱっと見まるで、元々あった木造の家の下からモルタルの家がにょきにょき生えてきて、木造の家を取り込んで押し上げてしまったみたいにも見える。

よくある二階建てアパートみたいに、登り階段が付いている通路みたいになっていたのだろうか? しかしそうだとしても何故そんな無理のある構造にしたんだろう? 下の建物と上の建物のオーナーが違うとか?


 俺のモズク頭では、ナニをどうすると、こういう形で玄関が空中に浮くハメになるのか想像がつかないんである。
 頭から二・三個?マークを出しながらもしばし佇む俺であった(笑)
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-05-21 09:22 | 町歩き

緑の侵略者2-陸奥宗光別邸-

 以前、この建築物を紹介した。
c0071416_981458.jpg

 今は私邸であり「生きている」(=生活に使用されている)建物なのであえて触れなかったのだが、実は歴史のある建築物なのである。

 『東京建築回顧録Ⅱ』(読売新聞社、91年)によると、明治20年前後三井家から陸奥宗光(説明の必要は無いと思うが、千年不敗・一子相伝の最強格闘術の使い手…ではなくて明治時代の外務大臣である)に献上された別邸であるとの由。
木造二階建てで、延べ床面積はざっと四百平方メートル。階段の木製手すりの端には、陸奥家の紋であるボタンの彫り物があり、建物が献上用に新築されたことがわかる。
 使われている木材は、アメリカ産の松で、手で触れると、ぐっと重厚さが伝わってくるようだ。かつては約四千平方メートルの敷地があり、陸奥は、この別邸に外国人外交官を招き、よくパーティを開いたという。
 一階には陸奥が使った暖炉を備えた応接間と書斎がある。ともに十畳はゆうにある広さ。二階には二十畳以上の大広間。天井が高く、左右の長さが約五メートル、高さ約二メートルの鏡が壁に掛かっている。ここが外交官の話がはずんだパーティ会場。華やかな様子が目に浮かぶようだ。
 同書によると、陸奥の死後、この家は当時の実業家の手に渡り商売の拠点に変わったのだそうだ。

 記事の取材日は平成元年三月とあるので、掲載されていたこの写真もその時分のものであろう。
c0071416_982856.jpg

 要するに、往時はプチ鹿鳴館だったわけだ。

 一枚目の写真は冬に撮ったものだ。
 草木萌える季節を向かえ、どうなっているのか見に行ってきた。
c0071416_983791.jpg

 萌え萌えである。
 二階の窓なんかこのありさまだ。
c0071416_984974.jpg

 さらに横手に回るともっとスゴイ状態になっている。
c0071416_99126.jpg

c0071416_991186.jpg

 前掲書には、平成元年時点で「建って102年、補強されてはいるが、木造建築がこれほど長く持ちこたえるのは珍しい」とある。前掲写真を見るかぎり、取材時点ではこれほどツタに侵食されてはいなかったようだ。

 俺は素人なのでわからないのだが、木造の家にこんなにツタが繁茂していて、家は傷まないのだろうか。余計なお世話だが、ちょっと心配ではある。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-05-09 09:27 | 町歩き

上野のトマソン物件

 超有名物件なので、いまさら隠す意味がないであろうから紹介してしまうが、上野にある比留間歯科さんである。
c0071416_14263917.jpg

 近代建築の傑作として名高く、町歩きの絶好のターゲット(笑)であり、あちこちのホームページでも紹介されている。
 maskさんの「近代建築散策」によると昭和四年建築との由。
 昭和四年というとまさに大震災復興事業が一息ついた頃で、東京はモボモガが闊歩し、ダンスホール華やかなりしころだ。
 さぞや名のある建築家の手になるものと思い込んでいたが自家設計で大工さんが作ったとは驚いた。センスいいよなぁ。

 ところで。

 よ~く見ていただきたい。なんだかちょっと奇妙なトコロがないだろうか。
 わからない?

 んじゃあ、サービスで昼間の写真も見せちゃおう。
c0071416_14265348.jpg

 ほら。ヘンなところがあるでしょう。
 まだわかりません?
 ここですよ、ここ。
c0071416_1427313.jpg

 ごらんのとおり、庭木が塀の方に曲がって生えていたのであろう、わざわざ塀を幹の形に歪曲させて木を避けているのである。
 それなのに、せっかくこんな苦労をしているのに、その木は途中からバッサリである。

 いったい何故こんなことになっているのか。
 塀を作る時点で木は切断された状態だったが、なんらかの理由で完全に除外することが出来なかった、ということも考えられなくもないが、やはり、元々はマトモな木だったので生育を妨げないように塀の方で避けたのだが、後になって木の方は切断せざるを得なくなったと見るのが普通だろう。

 例えばこの写真を見ていただきたい。同じ台東区の浅草橋の裏道にそそり立つ大樹である。
c0071416_14271596.jpg

 ご覧の通り、周りの風景とはあまりにもアンバランスな堂々たる巨木が天を突かんばかりにそそり立っている。
c0071416_14272767.jpg

 俺の下手な写真だとスケール観が出ないのが口惜しいが、もはや塀を破壊しつくさんという勢いである。保存木に指定されているくらいで、こうなってはちょっと手の出しようも無いという迫力。
 上の写真でも、枝葉がすでに電線に覆いかぶさっているところが確認できるだろう。

 翻って比留間歯科の謎を考えてみると、これと似たような状況があったのではなかろうか。つまり、あまりにも木が育ちすぎてしまい、往来や電線の障害となったために、止む無く木を切断した…というのが妥当な推測なのではあるまいか。

 だが、それでも疑問は残る。

 切ってしまうのなら何故もっと根元の方から切ってしまい、塀を直してしまわなかったのだろうか?
 思い出のある木で一部だけでも残したいという思いがあるからなのか、それとも工事が面倒だから?

 真相は比留間歯科さんに取材すればいいのであろうが(笑)、謎は謎として憶測を楽しむことにしようと思う。
c0071416_1427382.jpg

 この種の物件を称して赤瀬川原平らは超芸術物件「トマソン」という概念を提唱したが、この壁の切り込みの念入りな仕事、それが事実上無駄に思える切断された木。確かに不思議な芸術的美しさを感じさせるではないか。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-04-18 14:30 | 町歩き

お花見。

 散歩がてら晴れ間を盗んでの花見としゃれこむことにし、上野駅に降り立った。

 といっても、お山の上はどうせエライ混雑だろう。
 ふと思い立って、隅田川までぶらぶらと歩くことにした。

 お山のへりを鶯谷方面に向かっていくと、線路沿いに桜並木がある。
 残念ながら車道沿いで、工事車両やら配送トラックやらが停まっており、色気の無いこと夥しい。が、桜自体は見事に満開である。
c0071416_13553799.jpg

 花のトンネルを脇に見て、東に向かう。

 松が谷の秋葉神社のお隣、下谷南公園では、ご老人たちが桜なんぞには目もくれず真剣な面持ちでゲートボールの練習をしていた。
c0071416_13555165.jpg

 ちなみに桜に囲まれた中央の建物が公衆便所なのがちょっとアレだが(笑)、かつて痛ましい事件の発生現場であったことを忘れさせるのどかな風景である。

 こちらは浅草の国際通り(いや、今はビートたけしに因んで『ビート・ストリート』と呼称するのか。ンな呼び方してる奴にはついぞお目にかかったことがないのは『E電』と同じだが)にあるお寺さんの入り口である。
c0071416_1356291.jpg

 さすがに手入れの行き届いた見事な桜。眼福眼福。しかし場所がお寺さんだけに、お坊さんたちの間ではかような会話が交わされてるかも。
「明珍殿、桜が咲きましたな」
「おお、咲きました見事に。…しかし明日ありと思う心の仇桜。永久に命のあらぬものかは、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」
 せっかく咲いた桜も散ってしまいますな。

 浅草寺には桜自体があまり無いし、表側の仲見世も人手がスゴイ。
c0071416_13561436.jpg

 裏手の方がイイ感じであった。さすがに茣蓙広げてドンちゃん騒ぎつーわけにはいかない風情であるが。

 隅田川べりは東京では有数のお花見の名所であるが、まさか御神輿まで出ているとは思わなかった。
c0071416_13562689.jpg

 思ったほどの人手ではなかったが、言問橋の上からざっと見渡したところ、腰を落ち着けて見るのはちと無理そうだったので華麗にスルー(笑)

 向島に渡り、勝海舟の銅像の前でアガリ。
c0071416_13563682.jpg

 いやあ、やっぱ桜はいいわ。
 これで花粉症なんて下らないシロモノと季節がカブってなきゃあ最高なんだが。マスクしながらじゃぁ喜びも半減てぇものだわな(苦笑)
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-04-09 13:59 | 町歩き

緑の侵略者

 『蔦の絡まるチャペルでぇ~』なんてゆーとロマンチックが止まらない感じだが、植物星人どもはそんなに甘くないのではないか。隙あらば蔓延ってしまおうという生来の歪んだ欲望の赴くまま、ヤツラは我々人類の住居にまで好き勝手に侵略の手を伸ばしてきているのである。地獄の底から蘇る悪魔の化身毒の花。

 今日は町歩きで見つけた植物軍団侵攻の証拠写真をいくつか。
c0071416_13205687.jpg

 千代田区淡路町某所の物件である。
 おそらく美的観点からツタを故意に絡ませているのであろう、入り口や看板周りなど刈り込んであることからも分かるとおり、俺流に言うと、"制御された侵略"である。
 とはいえ、その生い茂り方にはやはり暴力的な野生を感じさせる。すきあらば繁りまくってしまおうという植物の胡乱な意思と、ギリギリで美観を保とうとする人間の意志のぶつかり合いに予断を許さない緊張感が感じられるではないか。
c0071416_13213311.jpg

 台東区上野の通称暗闇坂にある謎の廃屋…といたいところだが、なんでも上野動物園が物置として使っているそうな。
 冬場の写真なので、枯れ切った植物があたかも海草が絡まった幽霊船のような風情を醸し出している。元は煉瓦造りの中々にしっかりした建物なのであるが、もはやこうなっては不気味さ以外のものは感じられない。

 もうひとつ。
c0071416_13215948.jpg

 こちらも台東区某所の民家である。壁面が前面窓で日当たりがよさそうなのに、向かって右奥からツタにじわじわと侵略されかかってる様子が不気味である。とはいえ、一階は人間様のスペースだという居住者の意思が感じられ、不思議なバランスを保っている。


 最近見つけた物件はこれ。
c0071416_13222494.jpg

 こちらも「生きている」家のようなので場所も名前も秘しておくが、都内某所の医院である。
 見てのとおり、新しい家なのにどうもトンデモないことになってしまっている。

 このサイズだとわからないかもしれないので、L版で取った元画像のトリミングを見てほしい。
c0071416_13223720.jpg
 部屋の中もエライことになってしまっているようだ。構造的にはこの部屋は温室のように思えるが、もはや植物を育成するなどという牧歌的な空間ではなくなっているのではあるまいか。
 寝ている間に首に巻きついたツタがじわじわと的妄想が浮かぶが、マジメな話、害虫の発生や漏電等の心配もあるので早めに対処された方がいいと思うのだが(余計なお世話か)。
[PR]
by SIGNAL-9 | 2007-02-27 13:40 | 町歩き