秋葉原-発音の問題2:「アキハ」がマズかったのか?

 前回、「アキバ=下町訛り」という説に疑問を呈しておいた。

 何故この「アキバ=下町訛り」説に拘泥しているのかというと、「アキバ=下町訛り」という予断があると、「アキハバラ」という駅名に対して当時の人が感じた「違和感」を正確に理解できなくなる恐れがあると思うからだ。

 「アキハバラ」に違和感を感じ、批判した人がいるのは事実である。

 以前にも引用した山本笑月(深川っ子)。
こんな工合で秋葉の原は最後の賑わいを見せたが、二十一年貨物駅の敷地となって今はアキハバラ。
わざわざカタカナで「アキハバラ」と書いているところをみると、違和感を感じているようだ。
 笹川臨風(末広町)も、
秋葉つ原は、今ではアキハバラと変な田舎流の読み方をしてゐる
と文句をいい、小石川生まれの永井荷風にいたっては『断腸亭日乗』(大正15年7月12日)で、ばっさり。
烏森より高架線にて上野に往く。秋葉ケ原に停車場あり。これをアキハバラ駅と呼ぶ。鉄道省の役人には田舎漢多しと見えたり
 さて、彼らが感じている「変な田舎流の読み方」とは、何のことなのだろう?

 ぜひ「アキバ=下町訛り」という予断を抜きにして考えてみてほしい。

 「秋葉原」という表記の"読み"が「アキハバラ」なのか「アキバハラ」なのか、あるいは「アキハハラ」なのかは、振り仮名が付いていないとわからない。そのまんま東国原宮崎県知事の例からすると、もしかしたら「アキババル」というガンダムに出てきそうな読み方の可能性もある(笑)

 いやいや、(笑)事ではない。
 「秋葉っ原」という表記は、「アキバッパラ」かもしれないが「アキハッパラ」とも無理なく読める。
 「秋葉の原」も、「アキハノハラ」「アキバノハラ」だったら、殆どの人が無理なく読める範囲と認められるだろう。

 例えば荷風は「アキハバラ」ではなく、どう読めば納得したのか? 荷風自身は「アキバハラ」が正しいとは一言も書いていないのだ。
 この荷風の一文、実はこれに続けてもう1センテンスあるのである。
 高田の馬場もタカダと濁りて訓む。
 つまり荷風は、
「アキハバラだのタカダノババなんて変な濁りで読みやがって。アキハガハラでタカタノババだろうが」
と言いたいのかもしれない、ということだ。

 荷風が「秋葉ケ原に停車場」の部分にルビさえ振ってくれりゃあこんな憶測はしなくて済むのだが、この文章からは彼が「アキハガハラ」と読んだのか「アキバガハラ」と読んだのか、判断のしようがない。

 ここで、「秋葉はアキバと読むのが下町訛り」という予断があると、「ははぁ、荷風はアキハが気に入らないのだな」→「つーことは荷風的に望ましいのはアキバハラ」という連想になりがちである。俺が「訛り」か否かに拘ったのはこのためなのである。

 「秋葉」を「アキハ」と読むとすれば「秋葉ヶ原」は「アキハガハラ」が自然だ。
 もしも荷風が「アキハガハラ」と読んでいたとしたら、むしろ「アキハハラ」の方が荷風の意図に近いかもしれないではないか。
 予断に基づいて「アキバハラ」などといったら
「アキハガハラもアキバと濁りて訓む。田舎漢多し」
と荷風に笑われるかもしれない(笑)。

 臨風の方も同様である。
 『今ではアキハバラと変な田舎流の読み方をしてゐるが、昔は秋葉の原、普通に秋葉つ原と呼んでゐた』
 荷風同様「秋葉の原」にはルビが振っていないので、臨風がなんと発音していたのかは字面からは判断のしようがない。
 残念ながら本書は原著が入手できず、『東京文学地名辞典』からの孫引きなので全文の確認はできていないのだが(2008/05/22訂正。昭和21年版の原著が確認できた。残念な事にフリガナはやはり振られていなかった)、もしも臨風の読み方が「アキハノハラ」「アキハッパラ」だったとしたらどうだろう。
 最善は今までの読み方どおり「アキハノハラ」だけど「アキハバラ」を認めるくらいなら「アキハハラ」でもOK、って可能性はないだろうか。

 「秋葉は訛りで必ずアキバになる」という前提を取っ払うと、違う可能性に思い当たる。

 つまり、「アキハ」「アキバ」がプライマリな問題なのではなく、「原」の読み方のほうが大きな問題だったのかもしれない、ということである。

 「戦場ヶ原」「関ヶ原」「青木ヶ原」「高天ヶ原」を「センジョウガバラ」「セキガバラ」「アオキガバラ」「タカマガバラ」と読んだら、「違和感」がないだろうか。

 「アキハ・アキバ」はどうでもいいが「バラ」という濁りが気に入らない。
 「原」をバラと読ませる地名は東京周辺では珍しく、イナカに多い(栃木-塩原「しおばら」福島-桧原「ひばら」、岡山-恩原「おんばら」宮城-初原「はつばら」山口-丸尾原「まるおばら」etc)。「アキハバラ」もきっとイナカ者が命名したのだろう。

 荷風らが言いたいことは、そういうことではないのか?

 と、ここまで書いたところで、幼少期を岩本町で過した三田村鳶魚の随筆『秋葉ばら』(昭和5年)所載の『江戸の旧跡江戸の災害』が届いたと近所の本屋から電話。
 これ、必読書と分かってはいたし、絶版でもない文庫なので簡単に入手できると思っていたのだが、なぜか手近の本屋には置いておらず、やむなく注文しておいたのである。

 一読、ガッツポーズした(笑)
 『秋葉ばら』という題からうすうす想像はしていたのだが、上で俺が推測したこととほぼ同様の趣旨が書かれていたからである。
今日の駅名は、本来なら花園町というべきはずなのだが、当時から通用の悪い町名だけに、耳慣れて知れやすい方(引用者註:「秋葉の原」のこと)にしたのらしい。それなら、何故に「の」の字を倹約したのだろう。タッタ一字で、原をバラと濁らなければ呼べなくもなり、聞えも変なものになった。それでも、秋葉の原と請け取ればいいが、我等などには何のことか分からない。倹約のムズカシイのは、ここにも証拠がある。ただ「の」の一字で、原をバラと読まなければならなくもなり、原称が不明にもなる。分かりましたか。
 鳶魚もプライマリには「アキバ」か「アキハ」かに拘っていない。「の」を削らなければよかった、なぜなら原をバラと変な風に読まなきゃいけなくなったから、というわけだ。
 文庫版のルビは「アキバノハラ」なのだが、鳶魚は少なくとも「アキハが変」とは一言も言っていない。問題視しているのは「アキハ」ではなく「バラ」の方なのではないか。
 推測でしかないが、もしも駅名が「アキハハラ」だったとしたら鳶魚も積極的には文句をつけなかったかもしれない。

【2013/03/26追記】
この「秋葉ばら」であるが、近デジの『江戸の実話』(昭11)でオンラインで読めるようになった。例の「悪魔町」なども詳述されているのでご参照願いたい。
尚、この本の中では「秋葉」はすべて「あきは」とフリガナされている(あきはごんげん、あきはしゃ、あきはのはら)ことを付言しておく。

 念のために繰り返すが、俺は何も「秋葉をアキバとは読まなかった」と主張しているのではない。確たる証拠は無いが、俺もおそらく「アキバノハラ」「アキバッパラ」という読みが、語感・言い易さの点から大勢だったろうと思っている。荷風も臨風も、実際には「アキバガハラ」「アキバノハラ」と読んでいたのだろう。

 だが、「アキハノハラ」「アキハッパラ」と濁らず読んでいた人もけっこう多かったのではあるまいか。前回見たように、神田の近所のアキハ横町の存在、「アキハノハラ」と濁らないルビが振られた文献、土岐善麿の証言、などの傍証はいくつかある。

 「アキハバラ」に対して違和感を呈する人がいるのは、「アキバでないから」ではなく、「原をバラと読む」例が東京では皆無だったからではないか。

 と、これが現時点での俺の推測。

 次回は「アキハバラ・アキバハラ」にまつわるよく聞く話、「本来はアキバハラだったのにアキハバラは田舎者の役人が反対を押しきって命名。地元の神田っ子は猛抗議したが結局ダメだった」という話に関して考えてみる。
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by SIGNAL-9 | 2007-02-06 09:17 | 秋葉原 研究(笑) | Comments(2)
Commented by 安岡孝一 at 2017-03-10 21:19 x
SIGNAL9さん、お久しぶりです。「秋葉原」を「アキハハラ」と読んだことを確実視できる文献を、発見しました。よければ、また私の日記にお越し下さい。
Commented by SIGNAL-9 at 2017-03-14 14:29
安岡先生、ありがとうございます! 拝読しました。私の推測と整合性のある内容と理解し、ちょっと嬉しく思っています。
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