10月20日付、朝日新聞社説は不適切だ

【社説】2006年10月20日(金曜日)付 核」論議 外相の答弁は不適切だ 朝日新聞社


 なんとも危うく、不見識な発言だ。

 麻生外相の国会答弁に関する10月20日付けの朝日新聞の社説は聞き捨てならない。
  批判に対し、麻生氏は「言論を封殺するという考え方にはくみしない」などと答えた。話をすり替えてはいけない。

 「言論の自由」を振りかざす問題ではない。
 外務大臣には議論・言論を求める自由などはない、朝日新聞はそんなコトを主張しているのか。

 「言論の自由」は民主主義を論じるうえで中心テーマのひとつだ。

 むろん、国内では如何なる場合でも「言論の自由」-この場合は「議論することを求める自由」-は保証されるべきという論が主流だが、「場合によっては言論の自由は制限されるべき」という意見もある。

 しかし、あの朝日新聞がこの論議を後押しするような発言をするとなると、話は別だ。

 朝日新聞は自ら「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを」とのジャーナリスト宣言をぶち上げている。言葉即ち言論であり、その力を信じていると宣言しているわけだ。

 なのに、新聞の顔である社説で「言論の自由を振りかざすな」と言えば、では朝日は方針変更を考えているのか、と受け取られる恐れがある。間違ったメッセージを世界に発しかねない。

 さきに、朝日が「寛仁さま 発言はもう控えては」との同様の言論封殺社説をのせたとき、そのニュースは色々なインターネットサイトで報じられた。自称クオリチーペーパの朝日新聞だ。注目を集めるのは当然だ。

 今回の外相の発言に関する社説は、ここにもうひと波乱起こそうということなのだろうか。言葉の力を信じると言いつつも、「でもアンタの場合はダメ」、そんな危ういダブルスタンダード発言を繰り返す朝日新聞の見識を疑う。

いま、国際社会は北朝鮮に核を放棄させるため国連の制裁決議で結束し、圧力をかけようとしている。ライス米国務長官は日本、韓国、中国を駆けめぐる。中国の唐家シュワン国務委員らは平壌に乗り込んで、金正日総書記の説得にあたった。朝日が批判している麻生外相自身も含めた、懸命の外交努力が続いているのだ。

 そのときに日本の新聞が語るべきことがあるとすれば、我々国民自身の安全をどう守るかという、具体的な方策のはずだ。思想・理念をもてあそぶかのような発言は慎むべきだ。

 朝日は「日本も核兵器を持つべきかどうか。そんな議論を始めようということなのか」「間違ったメッセージ」「核保有の問題をもてあそぶかのような発言は慎むべきだ」と、麻生外相自身が言ってもいないことを自分の脳内で拡大解釈し、特定の思想的立場からの予断に基づいた批判を繰り広げている。

話をすり替えてはいけない。
クオリチー・ペェパァを自認する朝日新聞の社説として不適切だと、その内容を問うているのだ。テメエの思想信条を振りかざす問題ではない。

北朝鮮にどうやって核を手放させるのか。世界が知恵を絞っている時に、朝日新聞から方向違いのメッセージが出され、誤解を招くのは迷惑だ。
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by SIGNAL-9 | 2006-10-20 14:31 | 一般の話題
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