「総括」ってどうやるの?

 お盆休み中にテレビでよく聞かれた単語「総括」

 文脈としては「靖国」だの「先の戦争」だの「戦争責任」だのを、「日本として」「我々日本国民の手で」…つー形で使われていた。

 面白いことに、靖国賛成派も反対派も、この「総括」つーやつは必要だ、という点で認識が一致している様子があちこちのTV討論で見て取れた。

 皮肉ではなくマジに知りたいのだが、その「総括」って具体的にどうやるの????

 最近、読売新聞ががんばって「総括」記事を掲載していたが、「この読売史観で日本の『総括』は終わりね」というつもりはなかろうし、そんなことをすれば「ふざけるな」みたいな反発が諸外国左右両派含めてあるだろう。

 それとも、「あなたはいわゆるA級戦犯が戦争犯罪人だと思いますか?思いませんか? Yes/No」みたいな国民投票でもやろうというのか? あるいは、その一点を争点にして選挙するのか? 多数決で勝ったら、選ばれた時の政府が「総括」してくれるの? こりゃ別に今までのやり方と変わらんような気もするけど。 エライ学者さんたちが鳩首協議して「総括」してくれる? これもやはり人選含めて大問題になりそうな気が。

 あるいは、日本国民の手でもう一回東京裁判をやろう、というのが趣旨なのか? その場合、誰がどうやって「裁く」のか、という「裁判の方法」を決めるだけでも膨大な時間とコストが必要な気がするのだが。 というか決められるのか、そんなこと。
 「もういっぺん戦勝国の皆さんに裁いていただこう」という方がまだしも分かりやすいが、現実的に出来るのか、そんなこと(笑)。

 「具体的な方法」を提示しないで「必要」「必要」というのは、マスコミの決まり文句「よく考えてみる必要がありそうです」「問い直す必要がありそうです」と同じ思考停止フレーズなのではないか?
 つーか、「総括」という言葉が単に「議論」を言い換えただけのものなら、それは「総括」ではないわな。今までと変わらないから。

 毎度毎度のことだが、「主体は誰なんだ」「具体的な方法はどうするつもりなのか」という疑問がこの手の「マスコミ用語」には付き纏う。
 同じデンで、非常にアヤシゲなフレーズに「コンセンサス」だの「諸外国の理解」だのという単語があるが、具体的に何をどーしてどうなれば、それが得られたと見なすのかというトコロが、俺のもずく頭ではなんとも分からないのだ。

 愚民を善導しているらしいマスコミ諸氏は、5W2Hで解説してくれないものだろうか? 個人的には、この民主主義の日本で、「特定の歴史認識」に「総括」するつーのは現実的に不可能なんじゃないか-むしろ、「総括しなきゃ」という主張の方が恐ろしいような気がするのだが。
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by SIGNAL-9 | 2006-08-21 13:33 | 奇妙な論理 | Comments(0)
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