先日、たまたま観た深夜アニメなのであるが。

 「主人公の少年に、女性暴走族風のサンタクロースが<いきなり>『妹』を届けに来る」というお話である(笑)。

 ま、そんなアレな設定もファンタジー(というか妄想)としてはアリかもしれない。そりゃあ良しとしても、いくらなんでも開巻数分でいきなり妹がデリバリされて、なんら葛藤も無く主人公がそれを受け入れてしまうというのは、そりゃあいったいどういうカルト宗教的思考ワープ航法の結末なのか。

 その後に観た「異世界の魔法学校が舞台のアニメ」も、いきなり主人公らしき少年がその学校の女生徒に召還されて、つー話である。アキハバラらしきところを歩いていた少年がいきなり異世界に引き込まれる…のはいいんだが、いったいお前はどこの誰なんだよ。
 おまけになんでそのまんまその異世界にい続けることを受け入れちゃうんだ? 残された家族とか心配じゃないのか? 逃げようとか思わんのか。

 面白いことに、どちらの作品も、その「主人公らしき少年」が何処の誰で、非日常的状況に突入する前にどんな生活をしていて、どんな不満を持っていて…みたいな説明がほぼ皆無という点が共通しているのである。

 連続モノだから状況説明はこの後徐々に、というつもりなのだろうか? 「主人公」を「謎の男」にしてどうする(笑)。

 そもそも、いきなり『妹』ができたり、いきなり失踪したりすりゃあ、それなりの波紋が広がるはずで、その波紋を掘り起こしていくのが『ドラマ』というものなんじゃないのか。
 なんでそんな「異常な」状況を葛藤も無くすんなり受け入れちゃうのだ、この「主人公」たちは。もしかして、若年性認知症のタグイか?

 ちょっと考えたら、何のことは無い、前振りナシでいきなり本番という、質の悪いエロビデオと同じフォーマットだ、と気づいた。

 だから、鑑賞者の視点を代表する『男』は「汁男優A」でもいいわけだ。いや、極端な話、「カメラ」でいいのだ。
 『萌え』それ自体が『目的』なんだから、細かい状況なんかどうでもよく、いきなりでいい、というわけなのだろう。

 最近の『萌え』って、こういう『記号だけ』のことになっちゃたのか?
 「妹」とか「ツンデレ」とかの記号だけ出てくりゃあ萌えられるのか、最近の若い衆は。

辞書で「淫」とか引くだけでハアハアできた昔の中坊と同じだな。安上がりなことだ(笑)

 「記号化」だの「抽象化」だの「夾雑物の排除」も結構だが、おじさんは、もう少し「お話」の裏打ちがないと萌えられないのだが。

 …って、幾らなんでもこんな頭の悪いシロモノを喜んで観続ける馬鹿は多くないと思う。作る方も、もう少し考えていかないと、この先マズいんじゃないか。

 アニメというと、絵が如何にアニメートされているかというところに質的評価が集まるキライがあるが、ストーリをアニメートする技術も向上させてほしいものだ。
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by SIGNAL-9 | 2006-08-04 13:56 | 読んだり見たり
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