「個人情報保護―私が体験した過剰反応」

メール誤送信で152名の個人情報を流出 - リスクコンサルティング会社  IT保険ドットコム ニュース編集部 2005/08/18更新
東京海上日動リスクコンサルティングは、企業向けのメール情報発信サービスにおいて、顧客企業担当者の個人情報を含むファイルを誤って添付して送信したと発表した。
同社によれば、7月26日に顧客企業へメール配信を行う際、誤って個人情報を含んだファイルを添付し、送付してしまったという。誤って添付したファイルには、顧客である企業や団体43社103名と、同社および同社グループ内企業など49名、計152名の氏名や役職、メールアドレスなどが含まれていた。誤送信先は39社91アドレスだという。
ピーシーエー生命、115件の個人情報を含む申込書を紛失 IT保険ドットコム ニュース編集部 2005/08/19更新
ピーシーエー生命は、契約者から受領した申込書の一部を紛失したと発表した。
紛失した申込書は60件で115件の個人情報が含まれていた。契約者や被保険者の氏名、住所、生年月日、加入している保険の内容など。個人情報保護法に伴い、全社一斉点検を実施した結果、判明したという。紛失の理由について誤破棄した可能性が高いとしている。
 まあ、あいかわらず続く個人情報漏洩であるが、読売新聞の「土曜茶論」というコラム(2005年8月20日付け)で、個人情報保護 過剰反応!?相次ぐと題する特集記事が掲載されている。
 個々人の顔が見えない「匿名社会」が広がりを見せ始めている。個人情報の保護をめぐり、行き過ぎとも言える事例が相次いでいるのだ。今回のテーマは「個人情報保護―私が体験した過剰反応」。


 ど~も、説得力のない記事である

 「過剰反応」として、当該コラムが取り上げている事例を要約すると;
  1. 知人が都心の有名ホテルで結婚式を挙げることになり、旅先から祝電を打とうとした。ところが、下の名前を度忘れして、どうしても思い出せない。本人に聞くわけにもいかず、ホテルに電話で問い合わせたところ、担当者は「個人情報保護法があるので教えられない」と繰り返すばかり……。
  2. バスツアーで配られていた名札と参加者の名簿が配られていたのに、それがなくなった。
  3. 表札を掲げない家が、1年ほど前から急激に目立つようになりました
  4. 息子のクラスの連絡簿には、担任の先生の住所が書かれていない
  5. 独居老人に関する情報を自治体が民生委員に提供しない
  6. 地域の緊急連絡網作りに住民が協力しようとしない
  7. 叔母が入院している病院の受付で、見舞いを拒まれた。親族であることを伝えたが、職員は「個人情報保護法がありますから」の一点張りだった
  8. JR福知山線の脱線事故でも、身内の安否を気遣う家族らに対し、病院側が患者に関する情報提供を拒む例が発生当初にみられた。


 どれもこれも一律に非難できるようなことではない。

  1. んじゃあ、身元の確認もできない電話で聞かれるままに個人の情報をダダもらしにするホテルっていいと思うの?
  2. 同じツアーの参加者なんだから、個人的に話して聞けばいいじゃん。
  3. 個人の自由じゃねぇか。それとも何か、表札は必ず出せって法律があった方がいいってのか?
  4. 親が学校に問い合わせるなりなんなりすりゃいい。
  5. 上に同じ。ちゃんと理由があるのならちゃんと調べりゃよかろうが。てゆーか、民生委員だったら独居老人の情報入手し放題って方が怖いと思うんだが。殺人事件もあったし。
  6. 主語が不明。誰がその名簿を作ろうとしてるの?集められた個人情報が悪用されないと保障してくれる主体は何?
  7. 適切な身分証明とかしたのかね? 『俺は親族だが』なんて口頭でいっただけじゃねぇの?
  8. 混乱した状況だったらなんでもかんでもダダモレに漏らす方が適切だとでもいいたいのだろうか? そういう状況をさんざ悪用してきたマスコミもあったのでは?


 このコラムを書いた記者に問いたいのは、要するに、ここに挙げられている程度の話から「個人情報保護法のせいで『匿名社会』が広がっている」なんて大仰な結論が導き出せるのか?つーことである。
この現実に、ジャーナリストの櫻井よしこさん(59)は「地域住民の情報を住民同士で共有できていない社会が、いざという時にどうやって助け合うのですか」と疑問を投げかける。「私たちが知らなくても、政府や自治体は個人情報をすべて握っています。匿名社会が怖いのは、行政当局に情報をコントロールされてしまうこと、無責任な体質がはびこること、ひいては私たちの問題解決能力まで失われることです。匿名社会が広がって喜ぶのは、独裁者や悪人だけですよ」
 個人的には櫻井よしこ氏は男前でカッコいいと思うのだが、この記事の発言に関する限り、針小棒大というか、全然レベルの違う話をしている。適切なたとえではないかも知れんが、何でもかんでも「軍靴の音が聞こえる」みたいな拡大解釈する-恐らく櫻井氏が嫌うであろう-頭の悪い論理と似ている。
防災・危機管理ジャーナリストで「まちづくり計画研究所」所長の渡辺実さん(54)は「家族や知人の安否確認に走り回る人々を情報から遠ざければ、パニックが膨らむ。災害や大規模な事故の際には、患者情報の積極的な公開こそが公益にかなう」と指摘し、こう警告する。 「個人情報を十把一からげにして、表に出さないことをよしとする発想からは、誰のため、何のための保護かという視点が、完全に抜け落ちている」
お説ごもっともだが、「災害や大規模な事故の際」と「日常の生活」を一律に論じられても困る。
というか、前の櫻井氏の発言と同じことなのだが、氏のいいたいことを「「個人情報保護―私が体験した過剰反応」の結論に持ってこられても、全然レベルの違う話なのではないか。

 俺も「過剰反応」的な部分はあるだろうなとは思う。だが、この記事に挙げられている「程度」のリスクであるのなら、個人情報ダダ漏らし状態よりははるかにマシであるとも思う。そもそも、「これは過剰反応である」というのならば、「適切な反応」というものはどういうものか提示する必要があると思うのだが。

例えば読売新聞は、「俺は今日の三面記事に出ている○×の親族のものだが、本人に祝電を打ちたいので住所を教えろ」と電話したら、どう反応するというのだろうか?
[PR]
by SIGNAL-9 | 2005-08-22 15:40 | 奇妙な論理
<< 韓国がGoogleに是正勧告?? 民主党大阪府連の公式サイトがア... >>