【近デジ漁り】奇談・奇聞

 奇談といえば、まず第一に書いておかなきゃイケナイのは、岡田建文の『動物界霊異誌』が近デジに登録されたこと、である。

 『幽冥界研究資料 第2巻 霊怪談淵』に続いて、二冊目の近デジ登録である。

 日本で唯一の岡田建文評論家(自称)である俺としては非常にうれしい。この勢いで『大自然の神秘と技巧』など、中々一般の人の目に触れにくい建文本が登録されることを願っている。

 さて。岡田建文以外にもいわゆる「奇談集」の類は近デジに多く登録されている。

 有名どころでは『三州奇談』(日置謙 校注 昭和8)とか、900ページオーバーで読み応え満点の『世界奇聞全集』(加藤栗泉 編 大正6)とか、『日本伝説叢書』シリーズなどがあるが、ここでは
  1. いわゆる「怪談」ではないこと
  2. 明治以降の奇談であること
という俺の好みに合致したものをいくつか紹介したい。

『珍事奇聞 一読百驚 第1集』(小野田孝吾 編 明20.11)

 これ、岡田建文の記事の時にもちょっと触れたが、この手の本には珍しく、ほとんどの記事の出典が明記してあるので、資料的に非常に貴重。
 いわば、湯本豪一氏の労作『明治妖怪新聞』の元祖、といえよう。
 活字が細密充填で読みにくいのが難点だが。

『怪世界 珍談奇話』(鈴木英四郎 (華僊人) 編 明41.7)
『世界探険怪奇談』(仙洞隠士 著 明治42)
『怪奇談 世界探険』(仙洞隠士 著 大正7)

 なんで三冊並べているかというと、この三冊、中身が同じで、書名と著者名(編者名)と出版社は違うという(笑)。古書にはままあることではあるが。

 内容的には、普通の奇談本で特筆すべき特徴もないが、ちょっと笑っちゃったのは「勇少年の冒険」という一節。
 「仕立屋の少年が巨人退治に出かけ」…って、なんかどっかで読んだような気がするぞと思ったら、編者曰く

 これはドイツ国著名のグリム氏の神話に有る話にて、もとより作り物には相違あるまじきけれど、その構想の頗る奇にして、かつ活気ある事、外のおとぎ話の類にあらざるをもて、特に訳して奇談のひとつに加えたるなり

 いやいやいや。グリム童話を加えちゃいかんだろう…

『妖怪実話』(山内青陵 著[他] 大正6)

 著者曰くは「本書に蒐録した話は、皆著者の聞書です」なのだそうだが、残念ながらかなり「お話」化されているので、怪談話としてはいいのかもしれないが、奇談としては創作臭が強くてイマイチの感がある。

 むしろ、付録として載っている水野葉舟の「霊怪の実話」の方が、生っぽくって俺好みだった。
 水野葉舟といえば『あらゝぎ』などで知られる詩人/文士だが、心霊関係に興味を持っていたので、こっち方面にも著作がある。

『内外珍談集』(鏡陽学人 編 大正4)。

 これ俺的には拾いもの。好みのタイプ。

 編者は「本書の材料は、多くの書籍及び新聞雑誌の記事中、もっとも珍しく、且つ又もっとも面白きものを精選したもので、その事実の正確なることは云うまでもないことである」と宣言している。

 「その事実の正確なることは云うまでもない」かどうかはそれぞれの読み手の判断に委ねるとして、あっちこっちからネタを集めたのだけは確かなようで、国内外の奇祭・奇習から珍獣奇人、超常現象などなど、バラエティに富んでいて、読み物として楽しい(出典がないのが玉に瑕)。

 個人的にそそられた記事をいくつか挙げておく;

 マニラ在住の雑貨商・児玉音松(もちろん実在する。大アジア主義を標榜した政治団体「玄洋社」の設立にも関わった人物)のレポート。
「ルソンの先に住んでいるゴロテという種族は、奇妙なことに日本人を先祖だと尊敬していて、他国人が足を踏み入れることを許さない場所でも日本人なら喜んで案内するようなことがある。彼らが釣りをする時の工夫や鍛冶の方法が日本古代の風俗に酷似していることで、我ら東洋人には少なからぬ奇異の感を与えるのである」


 東京は神田明神そばに住む早川置造という爺さん。
 明治44年の冬、病気になって医者も匙を投げる重体に陥った。覚悟を決めた爺さん、死んだ後では役に立たないからと、前もって知己に香典を督促し、眷属を枕元に呼んで生前にお通夜をさせた。
 ところがその後、爺さんの病気はだんだんと快方に向かい、快復してしまった。
 「迎えに来るはずの釈迦が来ないというのは、ワシが平素、お釈迦様の悪口をいってたので、迎えに行くのもケガらわしいと怒ってるからに違いない。そういうことならこっちにも考えがある」
 文明世界の今日、事の是非は投票で決めるべきだと、お釈迦様に抗議するべく署名運動を展開。「はじめは千人ほど頼むつもりだったが、釈迦に三千の仏名あり、孔子にも三千の弟子ありだから、少なくとも三千人の書名がないと負けになる」と既に渋沢男爵ら有名人を含め七百人から揮毫してもらっているそうな。

 もっともそそられたのはこの記事。

 6・7年前(本書は大正4年刊なので明治41.2年頃か)の岡山県吉備郡の山田村での話。
 干ばつに苦しんだ村は、思案の末、明治6年に同村の菊池茂八が開発した雨乞いの機械に頼ることにした。
 小学校から発電機二台を借り、附近の山林に持って行って、10メートルくらいの竹竿を立てて、その先端に紙張り子のヒョウタンに金粉を塗りつけたモノを口を下にしてぶら下げ、銅線を引いて発電機と接続し、村の若い衆が発電機を回して空中に放電した。 数時間の後、辺りは急に暗くなりにわか雨が盛大に降り始め、同村は干ばつ被害を免れたという。

 この記事が事実だとすると、雨が降ったことは「偶然」だとしても、なにやら文明開化テクノロジーっぽい人工降雨の試みとしては日本でも最初期の例なのではなかろうか(ま、だから珍談とされてるのだろうが)。

 そもそも明治6年(1873年)の日本で、雨を呼ぶ為に空中放電なんてことを思いつくだけでも、かなりウィアードな感じがする。

 この菊池茂八という人物、いったい何者だったのだろう。

 「岡山県吉備郡の山田村」というと、今で言うと岡山県総社市のあたりかと思うが、現地には何か記録は残ってないのだろうか。

 岡山といえば、空飛ぶ表具屋・浮田幸吉伝説が思い出されるが、お土地柄なのかねぇ。
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by signal-9 | 2012-08-07 18:45 | 読んだり見たり | Comments(0)
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