建文奇聞 ― 人頭蛇身の双生児 (霊怪真話)


 群馬県吾妻郡××町の呉服商△△○平君の妻は、今から三十年余り前、妊娠中に同郡の四万温泉へ保養に行った。その帰り路、馬に乗って山道を通っていた。
 もう4キロほどで中之条に着くという頃、ある岩壁の下を通る折、ふと顔を横に向けて岩壁を見た。

 その岩壁には、地上2メートルほどのところにひとつの穴が開いていた。
 穴の口に、犬の頭部くらいある大きな蛇が二匹並んで首を突き出して、こちらをじーっと凝視しているのと目があった。
 彼女はきゃっと叫んで気絶した。
 そして落馬をした拍子に子どもを産んだのである。
 生まれたのは男女の双生児だった。

 その双生児は、少し日数を経過すると怪しいさまが現われて来た。

 面貌は人間であっても、全身に金色の鱗が密生する。
 そして体に骨が無いのである。
 段々と成長しても人語を発することが出来ない。そして立って歩くことも出来ないで、蛇のように坐敷中を這い歩くのである。
 またきわめて奇怪なことは、両児とも、体の鱗が蛇の通りに、一年に一度づつ殻を脱ぐことである。
 両児とも一見七・八歳の児童ほどの体をしていて、もうそれ以上には大きくならぬのも奇妙である。

 この蛇のような両児は東京の帝大から、研究資料として申受けることになり、近年歳費として八百円づつ送られ、保母まで傭って大切に養育されつつある。





 妊娠・出産というのは命がけの一大イベントであるし、この手の奇形・異常出産という「奇話」は建文に限らずけっこう多い。

 現代の倫理観で過去を裁くのはいささか不公正だが、今の目で見ると単なる障害者差別にしか見えない「奇談」も多数あるのは事実だ。

 あえてこの話に類似した一例を挙げると、明治17年4月27日付『自由新聞』に、静岡県のある村で、背中から腹にかけて鱗が生えた、頭蓋が蛇のように細長く耳のない頭の子供が生まれ、香具師が代金百円で買おうとしている…という記事が出ている。

 …現代では、いわゆる「奇談」として無邪気に扱うには躊躇せざるを得ない。

 実際のところ、今時の「怪談」・「都市伝説」でもこのあたりの事情は変わらない。
 畢竟、「怪」「奇」という概念には「普通」の状態に対する<差異>、<過剰>や<欠損>という認識が含まれているからで、これは「差別」とほぼ同じエリアに存在するものだからだ。

 奇談・怪談を好む人間の性向には、こういう小暗い部分が存在することに自覚的である必要はあるだろうと思う。

 だが、さすがに、鱗が生えて全身に骨が無く年一で脱皮する…までいくと、どう考えても現実にはあり得ない「怪談」なので、逆に安心して扱えるというものだ。

 いわゆる「異類婿伝説」・「蛇(神)婚伝説」というのは全世界的に遍在するのは周知のことである。

 日本でも、蛇によって人間の女が妊娠させられる話は、坂田金時(鉞担いだ金太郎。山姥と蛇の間に出来た子供と伝えられる)を初めとしてかなり一般的なモチーフである。

 その意味ではこの「怪談話」は前時代的ではあるのだが、この話のキモはやはり、帝大(東京大学)で締めくくったところだろう。

 香具師が見せ物用に購入、と「本質的には同じ」なのだが、東大医学部標本室といえば「権威」を感じさせ、現代でも猟奇的な興味を引く場所である。

 この締めの一文で、古くさいおとぎ話が一気に「今」に引き寄せられる。

 「怪談のテクニック」としては上手いモノだなぁ、と思う。
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by signal-9 | 2012-02-27 14:05 | 奇談・異聞
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