建文奇聞 ― 光り物をつかむ (霊怪談淵)


 著者が学生時代のこと、郷里の桐岳寺という寺の長老が、ある夜更け庭を歩いていると裏山の墓地の方から本堂の横へ向けて、身体の近くを光り物が飛行した。
 躍りかかって手で掴み取ってみると、何かは知れずグニャリとしたもので、豆腐でも握りつぶしたような手触り。甚だしき腐臭のするものであったからすぐに手を洗った。
 この光り物が何物であったのか不明であるが、墓地から飛来したところをみると、あるいは死人の脳みそであったかもしれぬと、長老が話したことがある。





 建文の郷里が松江であることはすでに述べたが、松江に桐岳寺というお寺があるかというと、ちゃんとある。

 「光り物」・「人魂」話も奇譚には多いが、触覚と嗅覚に言及した話は珍しい。

 人魂をはたき落としたら、豆腐のカスみたいなものが残ったという話(『甲子夜話』)や、人魂の落ちたところに変な臭いのする泡だったモノがあって、やがて虫(アブ)になって飛び去ったという話(『耳袋』)はあるが、「グニャリとした」「腐臭」のするもの、というのは記憶にない。

 そういえば西丸震哉が『山とお化けと自然界』(中公文庫)の中で人魂の捕縛に挑戦するが逃げられてしまった話を書いていたが、この人魂は手のひらでひっぱたいてみたが手応えがなかったらしいので、この「光り物」とはちょっと違うみたいだ。

 人魂と光り物をあえて混同した書き方をしたが、長老は素手で掴みかかったのだから、いわゆる人魂みたいに「燃えてる」モノでは無かったのだろう。

 炎がボーボーだったら掴もうとはしないだろうし、熱に対する言及もない。

 人魂の正体としてしばしば挙げられる、可燃性ガス・球電・プラズマのタグイはこのセンでこの目撃談には当てはまらない。

 熱が伴わない「光り物」の正体のひとつとして「ユスリカ」説というのもある。

 ”ひとだま”の正体/虫の雑学 (社)農林水産・食品産業技術振興協会

 戦後、当時唯一の昆虫の一般誌であった『新昆虫』(北隆館発行)に、昆虫学者の故春田俊郎氏が、山でガの夜間採集中に人魂に出合い、勇をふるってこれを捕虫網で捕らえた経験を書いている。 網の中でなお青白く光っていたそれは、なんとユスリカのような小さい虫の群であった。人魂の形状からこれはおそらくある種の蚊柱と思われる。 羽化する時に偶然発光バクテリアを体に付け、オスが群飛してメスを呼び込むための蚊柱を形成したことで人魂と化したのであろう。すべてではないにせよ、 これが人魂の正体のひとつであるに違いない。事実、「人魂が蚊に化けた」という古い記録もある。

 これは前述の『耳袋』や、『和漢三才図会』にある<虫>と人魂の関連に対するひとつの回答だろう。生物由来の誤認事例では他に鳥(ゴイサギなど)というのもあるが、、蚊柱や鳥は、豆腐みたいな手触りも腐臭もしないよなぁ。

 後はそうだな、この長老という人がからかわれていた説つーのもあるか。

 「どうもガミガミうるさいジジイだな。よ~し、墓場から死人の脳みそをほじくり出して、それに夜光塗料をマブして糸で吊して目の前を飛ばしてやれ。きっと驚くぞけけけけけけ」

…って、こりゃ無理がありすぎるか。

 建文の主張は、こういうヘンな「物理的実体」のあるものは現実に存在する、ということである。そもそも翼も推進器もない「モノ」が空を飛ぶというところから常識の範囲外のことだが、「そんなもの目の錯覚だ幻覚だ」といっても、実際に手触りや臭いがあるんだから、あるとしか言えないだろ、というのが趣旨である。

 いわゆる「物理霊媒」時代のヒトなので、おそらく建文の念頭には今でいう「エクトプラズム」があったのだろう。
『ジャック・ウェバーの霊現象』など、心霊学の本によく出てくるアレだ。

 アレは物理的実体があり(霊媒の身体から出て戻るのだから生体の変性したモノ、という認識があったようだ)、手で触れるし臭いも報告されている。……残念ながら実際に調べてみたら「ミルク」だったというインチキもあったようだが(リチャード・ワイズマン『超常現象の科学 なぜ人は幽霊が見えるのか』)。

 ミルクだったら状況によっては、学校の雑巾みたいに甚だしき腐臭もするかもしれん(笑)。 

 ま、この寺の長老氏が冗談か説話的趣旨で話したんだろ常考。というのが大人の見解というものだろうが、今時の「スピリチュアル」話は、触れもしなきゃあ臭いもないつー、クサみのないキレーなお話ばっかりなんで、こういう奇談はかえって新鮮に感じるなぁ。

 しかし昔のヒトは、人魂だの光り物に斬りかかったり追いかけ回したり掴みかかったり、やたらと威勢のいい人が多かったのだなぁ。
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by signal-9 | 2012-02-21 12:57 | 奇談・異聞 | Comments(0)
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