建文奇聞 ― 人魂を追撃す (霊怪談淵)

 今から三十四・五年前のこと、石見国邇摩郡和江裏の魚屋が、ある夜更け、隣郡の長久村から帰るとき、字静間という部落の田圃路にさしかかると、茶碗大の朱色の火の玉が転がりながら前方から向かってきた。

 驚いて、天秤棒を振り上げて打ちかかると、火の玉は元来た方へ引き返して地上60センチばかりのところを飛んで逃げ出した。
 勢いづいた魚屋が追いかけていくと、火の玉はその土地の神職である宮内某の家に飛び込んだ。
 奇妙なことだと思い、しばらく外に立って様子を窺うと、家の中では急にガヤガヤと人の声がしだした。その内に老人の声で、
「あぁ怖かった。今さっき夢で散歩に出ていると、大きい男が棒を振り上げて打ちかかってきたので懸命に逃げ戻った」と語る声が漏れ聞こえた。




 "火の玉"と"ろくろ首(抜け首)"の違いはあれど、どう見てもこれは前に紹介した「白昼に飛び歩く抜け首」と同じ話、つまり『曾呂利物語』の改変話である。― 建文は自分で同じ本の中に書いてて気がつかなかったのか(笑)

 建文はこの話と同じ項で、「人魂追撃の実話は、古来甚だ多いが、今一ッ代表的な実話を書こう」と、東京府大森町の医師、中村剛庵の「実話」を書いている。

 ところが、その話というのが。
  1. 火の玉と出会う

  2. →携帯していた杖で打ち落とそうとする

  3. →火の玉逃げる

  4. →火の玉、とある邸の中に逃げ込む

  5. →後でその邸から往診を頼まれる

  6. →病人はその家の奥さんだったが、中村医師の顔を見るなり「あっ」と驚いて、なんと言っても診察をさせてくれない。

  7. →仕方なしに別の医者に代診を頼んだら、奥さん曰く
    「あの医者に酷い目に遭わされた。外で面白く遊んでいたら杖で強く肩を叩かれた上に追いかけ回され、命からがら逃げてきた」といいながら見せた肩は黒あざの如く腫れていた


 また同じじゃないか!(笑)

 いちおう、この「中村剛庵」医師に探りを入れてみたら、「成田山仏教図書館」の蔵書データベースで、同じ話らしきものが引っかかった。「昏睡中に極楽を観た人 臨終の苦を解脱せし人 中村剛庵氏霊魂を追撃す」。著者名は"五十嵐光龍"。『自働療法』などの著書がある催眠術師だな。
 「叢書名:道 41」という雑誌?の発刊年月が不明なので、どちらかがどちらかの引用である可能性はあるが(建文のこの記事は俺的分類のタイプCつまり新聞記事か何かの引用である可能性が高い。少なくとも直接採話ではない)、いずれにせよ何か元になった話があったのは間違いなかろう。

【2012/02/27追記】
その後、建文の『奇蹟の書』に目を通していたら、数カ所で『道』からの引用との記述を見つけた。ので、これは『道』誌の五十嵐光龍の記事を建文が引用した、という可能性が高いように思われる。
なお、『道』誌というのは、宗教法人道会の機関誌のようである。

 つまるところ、このモチーフはすごく「有名」なのだな。

 考えてみりゃあ、妖しのものに襲われて反撃・追撃したら意外な正体が判明…なんておとぎ話とか、けっこうありそうだしなぁ。

 で、柴田宵曲の『奇談異聞辞典』でちょっと探してみたら案の定。

『怪談老の杖 巻一』(要約)
 赤坂伝馬町での話。寝ている主人がうなされているので女房が揺り起こすと、今夢の中で侍に刀を抜いて追いかけられた、という。

 その時門戸を叩く音がした。戸は閉めたままで「今頃何事ですか」と聞くと、男の声が「ただの往来人だが、変わったことはないか。火の用心に関わることなので」という。

 戸の隙間からのぞいてみると、それはさっき夢の中で追いかけてきた侍ではないか。

 「さきほど、この先の坂の上で茶碗ほどの大きさの火の玉を見つけたので、斬り割ろうと刀を抜いたら逃げ出したので、追いかけたら、この家に飛び込んだのだ。万が一火事になったら大変なので注意しにきたのだ」
 視点が目撃者側から"犯人"側に変わっているが、"同じ話"といえよう。

 「人魂追撃の実話は、古来甚だ多い」なんていうのだから『怪談老の杖』なんて有名なものは建文も当然読んでるはずだ…というか、間違いなく読んでるのだ。
 だって同じ『霊怪談淵』の、この「人魂を追撃す」の項の75ページ後ろでその『怪談老の杖』から引用してるんだから(笑)

 平秩東作の『怪談老の杖』は『曾呂利物語』より後年のものなので、『曾呂利物語』を参考にしたのかも知れないが、この調子だと『曾呂利物語』もオリジナルではないのかも。

 そもそも「抜け首」話と「火の玉」話が同じモチーフで語られているということは、「抜け首」話が先にあって「火の玉」が後なのか、それともその逆なのか。

 日本の怪談・奇話は支那原産というものが多いのは周知のことだが、この話も原点は海外産なのかも。

 今度調べてみるか。

 ま、こういう発見があるのも奇談を読む楽しみである。
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by signal-9 | 2012-02-09 10:49 | 奇談・異聞 | Comments(0)
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