建文奇聞 ― 襖の引手穴を潜る人 (霊怪談淵)

 愛媛県人である知人K氏が、明治40年、北海道十勝の茂寄原野の払い下げを受けて開墾事業をしていたおりの実見談である。

 岡山の旧藩士であった某老人(姓名は遺忘)が、その茂寄村に移住していた。

 非常に淡泊な人間で、少しの欲心もない好人物なので人から憎まれなかったが、ただ唯一の欠点が非常に酒好きであること。銭さえ手に入れば、みんな酒代にするので、年中貧乏だった。

 しかしこの人には不思議な術があって、借金取りがくると、正座瞑目して両手を合わせ、行者が印を組むような手つきで精神統一をやると、やがて体が90~150センチばかりも空中に浮き上がる。
 浮いたまま、二・三回そこらを環形に廻って静かに着地し、それから目を開いて「今日はこれでどうぞ頼む」といって支払いを断るのだ。
 この芸当を見せられた借金取りは恐れ入って帰ってしまうのである。

 この評判がたかくなったので、ある日K氏は一人の書生を連れて老人を訪問し、この奇芸を見せてくれるように頼んだ。
 老人は快諾し、「今日は変わったところをご覧に入れよう」といって、居室の襖(ふすま)の引手を一個取り外して穴を拵えさせた。

 エッと気合いをかけて、身を躍らした瞬間に、老人の体は次室に出ていた。

K氏は、これは非凡な忍術だと思い、
「引手の穴から出たと見せて、実は襖を開けて次の間に飛び出したのでしょう。そして元のように襖を閉めてるのでしょうが、その開閉があまりに速いので目に見えないのではないですか」といった。

すると老人は「自分はそんな瞞着(ごまかし)はやらぬ」といって、K氏と書生に両手で力一杯、左右から襖を押さえさせた。

 そしてその状態でまたしても引手の穴をくぐって見せたのである。

 こんな不思議は実地を見たものでないと信じることは出来ないものであると、K氏は著者に語った。





 この話、建文はよほど感服したのか、後の著書でも何度か取り上げている。

 だが、建文の奇聞で一番扱いにくいのがこのパターンだ。

 「いつ」・「どこで」、即ち「明治40年」に「茂寄村」というキーワードに関しては、wikipediaによると「1906年4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、茂寄村が当縁郡大樹村・歴舟村、当縁村の一部(後の忠類村)と合併し、茂寄村が成立。(1村)」との由。1906年=明治39年なので、矛盾はない。

 しかし結局のところ、「誰が」「どのように」に関しては、話の登場人物がすべて氏名不詳では詮索のしようもない。
 自己採話だし、話の範囲が極めて限定的で、もし実際にあったとしても、裏付けになるような他の証言や新聞記事などが残っているとも思えない。

 K氏の話を丸ごと信じるとして、空中浮遊に襖抜けというのは、確かにスゴイ…のだが、「空中浮遊」と聞くと、オウム事件を体験した我々は自動的に「うさんくささ」を感じるようになっている(笑)

 そもそも空中浮遊の方はK氏は実際には見ていないわけで、見たのは襖抜けだけだ。
 どう考えても空中浮遊の方がスゴイので、そちらを見せてもらえばいいのに、なんで襖抜けで満足しちゃうんだろう。

 おまけに場所は相手の家。今時のマジックやイリュージョンを見慣れている我々としては、なんかイロイロ仕掛けを想像できちゃうではないか(笑)

 目撃内容もなにかヘン。

 目にもとまらぬ早さで襖を開け閉めしてるんだろうと最初は疑った、ということは、見ている目の前で体が縮んで引手の穴をくぐったとか、パッ消えたとか、襖を抜ける瞬間をじかに目撃してるわけではないようでもある。

 目撃者と演者(あ。演者って言っちゃった)の位置関係とか、「舞台」(あ。また言っちゃった)の状況がわからないが、どうもイロイロ怪しい。

 …と、まあ、この手の話はこういうツマラナい詮索を行なう余地しか残されていないので奇聞としては楽しみにくいのである。

 で無理矢理だが、明治の奇術関連でひとつ豆知識を。

 日本奇術協会福会長で、伝統的な日本の奇術「手妻」を伝承している藤村新太郎の著書『手妻のはなし』(新潮選書 2009)によれば、明治15年、空前のヒットとなった「一里四方物品取り寄せ」という奇術があったとか(同書p311~)。
 どういう奇術かというと
 舞台中央に取り出し箱を置き、事前に観客に紙を配り、この場所から一里(4キロ)以内にあるものなら何でも取り寄せるので、紙に書いてくれと頼む。紙を集め、一つ一つ読み上げて、実際それらの品物を次々に箱の中から出して行く、と言うもの。
 う~ん。スゴイではないか。"アポーツ"ってやつだな。建文も「千里寄せ」なんて言って言及してる技だ。
で、実際にどういうトリックだったのかというと。
 種は、事前に仕込まれた十品くらいの品物を順に出している間に、数名の手伝いの者が観客の注文の品を走って取りに行き、箱の裏からどんどん入れて行くというもの。何しろ観客が書いたものを取りに行って箱から出すのであるから、行って帰って来るまでに一時間位かかる場合がある。そのため、一つ品物が出ては、(引用註:アシスタントの)才蔵と掛け合いをして、ひたすら手伝いが帰って来るまで時間をつなぐ。
 今では信じられない事だが、当時は、箱一つの芸で五・六時間もかけて演じていた。名古屋の各新聞は「取り寄せ術」を全くの超能力のような扱いで絶賛したために、大変な話題になって観客が一気に押しかけた。その結果、連日入りきれない観客が小屋の外にあふれ返った。「取り寄せ術」は空前の当たり芸となったのである。
 実際に走って取りに行くというのもスゴイが、これを芸として成立させる演出力・演技力もすばらしい。奇術そのものより「間を持たせる」のがスゴイ技術だ。
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by signal-9 | 2012-02-07 11:44 | 奇談・異聞
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