建文奇聞 ― 子持ちの野菜物 (霊怪談淵)

 明治末期、千葉県安房郡の館山町に、北尾興太郎という人がいた。
 彼は一年の大部分を出稼ぎで暮らしていたので、家には母のお敬と妻のお時が二人で暮らしていた。お敬は畑で作ったものを商い、お時は家事をして従順に姑に仕えていた。
 しかし何故かお敬は、お時を強く憎み、日夜虐待した。
 元々、お敬は人当たりが悪く町内では鬼婆と綽名されているくらいだった。
 お敬はお時が従順にすればするほど辛くあたるので、近所の人はお敬を憎み、お時に同情しないものは一人もいなかった。

 その内にお時は子どもを産んだ。
 初孫の顔を見れば少しはお敬の態度も改まるかと思いきや、ますます憎しみが強くなったのか、わざと赤ん坊の尻をつねって泣かせ、それを小言の種にして近所にお時の悪口を言いふらして回る始末。

 ある日、お敬は何事かをタネに口汚くお時を罵って、「死ね」と毒づいた。
 この日はお時もいつになくカッとなってしまい、「さっそく死んでお礼します」と言い捨てて赤ん坊を背負ったまま戸外に飛び出し、裏の井戸に身を投げて最期を遂げた。

 この事があってから、お敬の作る野菜に奇怪きわまる現象が発生した。

 キュウリやナスを作れば、出来た実がことごとく赤ん坊を背負ったような形になり、中途で腐ってしまう。たまたま大きく育ってもブクブクで食用になるものはひとつもない。

 ことに不思議なのは、例年お敬が自慢で作るトウモロコシである。

 外見には何の異常もないが、実の先端にふさふさと生える毛が人の毛髪の如く真っ黒で、しかもチリチリと縮れ、まるで人の額の生え際のようだった。またその皮にも気味の悪い斑点が現われ、まるで目や鼻のような模様になった。皮をむいてみると、トウモロコシのあの小さい実のひとつひとつに、小さい奴が背中にちゃんとくっついて、赤ん坊を背負ったようになっているのである。

 このトウモロコシが東京日本橋の市場に持ち込まれて話題となり、鬼婆が嫁をいじめ殺したという噂が高まり、後には警察が出動するは、郡役所や町役場が畑の検査に来るはの大騒ぎとなった。

 この怪異はその年から三ヶ年も付きまとい、ついにお敬にはひとりも交際する人が無くなった。




 典型的な因果応報ものである。

 個人的にはこの手の「怪談」は余り好まない。
 柴田宵曲は名著『妖異博物館』でこう言っている。
 先ず幽霊の発生しそうな事実を作り、然る後本物が登場する順序に及ぶ。その前提の事件なるものは、例外なしに不愉快な葛藤である。これらの怪談は如何に夏向きであっても、所詮吾々の趣味の外に在ると云わなければならぬ。
 まったく同感。
 「奇怪きわまる現象」は、その現象自体の話だけの方が、不思議感もゾクゾク感も強い。
 解釈によって原因を創作してしまい、抹香臭い説話もどきにされてしまうと、せっかくの奇談もおもしろさ激減である。
 宗教化・陰謀論化しちゃったUFO話がまったく面白くなくなったのといっしょだ。

 じゃあ、なぜこの話を紹介したかというと、呪われたトウモロコシのビジュアル・イメージが中々だと思ったのと、この話には例の建文流心霊学の解釈がついており、それがおもしろいと思ったから。
 かの投身女の最後の一念が、憎い姑の畑物に祟るべく決心して構案の結果、子持ちの不具実や頭髪模擬の毛や、怪奇な斑点やの意匠を抱いた無数の分霊となり、作物の幹茎に侵入する。ただそれだけの事であの様な醜怪な結実が行なわれる。
ただし霊魂分子の量は限りがあるので、無限にお敬の作物を苦しめることは出来ない。お時の怨念は三ヶ年だけ頑張って衰退したと見ねばならぬ。
 「霊魂分子」つーネーミングはいいなぁ。
 建文の心霊科学の特徴が見えていておもしろい。
 建文は「霊」はあくまでも「物理的実体」、即ち、量があって分割も可能で増えたり減ったりする、と考えていたわけである。

【2012/08/18追記】
 『遠野物語と怪談の時代』(東雅夫 角川選書 平成22年)を再読していて気が付いたのだが、明治35年の『文藝倶楽部』誌上に連載された「日本妖怪実譚」の十月号に「嫁の怨念」(雪渓生)という記事が掲載されていて、その内容は『姑にいびられ井戸に身投げした嫁の祟りで、異常な作物が実る』という話なのだそうだ(実物は未見)。

 直接の引用とは限らないが、これが元ネタかな。

【2012/12/27追記】
 近デジを漁っていたら怪談百物語妖怪研究( 川村孤松 大正4) という本を見つけた。
 妖怪研究の為に全国漫遊し実地調査!という前書きで、おおっ!と思わせるが、尻すぼみで後半はフツーの怪談本になってしまうという残念な出来の本だったのだが、この中に「同じ話」が集録されていた。
 著者が体験者である夫から直に採話した、という触れ込みなのだが、館山という場所、姑と嫁の名前、事件の経緯などがほぼ同一。 その割に発生した時代は合っていないなど細部は異なる。

 建文の直接の元ネタはこっちの方かも知れない。

【2013/02/25追記】
2月に近デジに追加された本を漁っていたら、実説妖怪新百話(臆病古武士 著 明39)にも同じ話が!
 こっちは百物語会で語られた怪談話の一話というテイだ。おまけに上記『怪談百物語妖怪研究』より前の本。
 もうこうなると「元ネタ」とか言うのもむなしい作業だな(笑) けっきょくこの「怪談」、かなり広範囲に流布していたモノみたいだ。
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by signal-9 | 2012-02-03 14:15 | 奇談・異聞
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