新単位:「あやシ~ベルト」を提唱してみる。

 原発のもたらした災害に絡んで、まだまだ色々な情報・論説がバラ撒かれている今日この頃、「はて何を信じたらいいのやら」と途方に暮れているのは俺だけではないはず。

 確かに最近は、この種の情報の錯綜・混乱は多少沈静化の傾向は見えるが、いつまた何時「実は…」話が政府・東電から開陳されるかもしれず、まったく予断を許さない状況であることには変わりがない。

 下品を承知で例えると、これは競馬新聞の「○×確定」的な情報に賭けるべきか・賭けざるべきか、を判断するのと本質的に同じことである。

 問題の深刻さは大分異なるが、大抵のひとは仕事などを通じて日々同じような情報の取捨選択の作業を行っているはずである。

 例えばコンピュータ屋の俺は「このシステムは買いだろうか」とか「この営業の言ってること、信じられるのかなぁ」とか、日々判断を下しながら仕事をしているわけで、その方法論は、この手の取捨選択にはある程度応用が出来るのではないかと思う。

 ということで、俺はココに「あやシ~ベルト」という単位を提唱したいのである。

 何がホントか・どれが正解かは判らないが、どうも金や命を張るのはヤバそうな怪しげな情報は少しでもふるいにかけてみよう、というのが趣旨だ。

例えば、俺は仕事では、このような「ふるい」をよく使っている;
  1. 「もしこれが正しかったらこうなるのでは?」が、現状とかけ離れている。

  2.  何かものすごく簡単な方法で被曝のリスクを大幅に下げられる的な方法がある、みたいな話がある。ちょっと試してみようかしら。

     いやいやいや、ちょっと待てよ。

     もしもそんな簡単な事でナントカ出来るのだったら、機を見るに敏な製薬会社とかが放っておくわけはないのではないか?
     ご家庭で簡単にできるような対処法だったら、「あったらいいなをカタチにする」小林製薬あたりが速攻で商品化して、「ヌケルン」とか「セシウムトール」とかのキャッチーな名前で大々的に売り出しててもおかしくなかろう。

     でもそんなフシはない。

    (俺の業界だと「ググッても出てこない」とか「出てくるんだけどリンクを辿ると出所が一カ所」みたいな話がこれに相当する)

     つまるところ、商品化できるほどの知見もなきゃあ、確かめようとするヤツもいない程度の話なんじゃないのか?

     ということで、「小林製薬が売り出していない」のであればその話は0.2μあやシーベルトくらいに評価していいのではないか。

     ちなみに「売り出した」場合でも0.1μあやシーベルトくらいには考えておいた方がいいかもしれないが。なにしろ世の中には便秘の漢方薬を「やせ薬」みたいな商品名で販売している製薬会社もあるようだから(爆)。

  3. 「主語」がない。

  4.  主語が無い「だそうです」「と言われています」があったら、怪しんだ方がいい。

     主語らしきものがあっても、「一般的に言われています」「友達の友達の情報」だのは疑ってかかる。

     「~すべきだ」論にもこの類が多い。
     「誰が」が明示されていない「べき」論は、クソの役にも立たないのである。

     この手の論説は、かなりあやシーベルトが高い。0.5μあやシーベルトくらい。

  5. 「可能です」「可能性はあります」

  6.  ちなみに仕事では、「可能です」だの「可能ですか?」だの言うヤツは門前払いである。

     よくコンピュータの宣伝で「~することが可能です」みたいなキャッチが書いてあるが、あれは「(オプションでコレとコレとコレを買ってくれれば)可能です」とか「(およそ出来そうもない前提条件を満たした場合には)可能です」みたいな、「ウソではないが実際的ではない」話であることが非常に多いのである。

     およそ想像できるすべてのことは「可能性がある」わけである。
     「可能」と「実際に出来る」のは話がまったく別なのである。

     この「可能性」を振り回す論述は、大抵の場合、リクツ上の話と現実の話をまぜこぜにして誤魔化そうとしているか、問題をよく把握できていないのである。
     これは0.3μあやシーベルトくらい。

  7. 「もし~だとしたら」の多段重ね。

  8.  経験則だが、「もしかしたら」を三段重ねにすると信憑性は限りなくゼロである。
     0.8μあやシーベルトはあるな。

  9. 議論の態度がヘン

  10.  カガク的な話とか、ヒョーロン的な話なら「論者と論説の内容は切り離して考える」というご立派な態度が取れるだろうが、バクチをやるときには、論者が今までどんな論を展開してきたかとか、その態度はどうだったのかというのは非常に重要な判断ポイントになりうる。
     例えば俺は仕事上色々なカタチの文書や資料のやりとりを行うが、

    • どこをどう直したかを明示せずにこっそり書き換える
    • 削除してしまい無かったことにしようとする
    • メールとかでやたら!マークを使う

     こういうことをするヤツとはなるべく距離を置くようにしている。

     また打ち合わせとか議論の場で、
    • やたら上から目線・逆にやたら卑屈な態度
    • 「理解できないのは全部相手のせい」で自分の説明が悪いかもという可能性に思い至らない
    • 勝つまで止めない・妥協という選択肢が頭にない(「議論したい」んじゃなくて結論を出したいのに)
    • すぐキレる
    • 自分から仕掛けておいて「あなたとはお話にならない」と切り上げ
    • ポジショントーク
    • ラベリング
    • 陰口
    • 泣き落としのタグイを使う
    • ヒモを隠す。例えばある会社の営業マンが自社製品をプッシュするのは当たり前だが、ヒモがついてるのにそれを隠して-客観性を装って-誘導しようとするような。

     こういう「態度」の人は、どれだけ良いことを言っている様に見えても、かなりバイアスが掛かっていることを疑わせる(ちなみに、こういう営業マンだのSEだのは実在するのである^^;)。

     このタイプは本人は「真摯」なつもりのヤツが多くタチが悪い。
     ヘタに乗せられると後で「聞いてないよ~」になる確率が非常に高いのである。
     0.8μあやシーベルトくらいと評価したい。
 とまあ、他にも色々あるのだがとりあえずこのくらいで。

 こんな感じで評価してみると経験的には、加算方式で1.5μあやシーベルトを越えるとかなり危険であると考えている(ちなみにいうと、こういう「特徴の加算で、しきい値越えたら」という判定はスパムとかウィルスフィルタでもよく使われる手だ)。
 付合ってるうちに累積で年間1ミリあやシーベルト越えるようだったら、付き合いそのものを考え直した方がいいかもしれない(笑)

 もちろんこれは確率的な話なので、逆境無頼なヒトはハイリターンを狙ってあえてそっちに張るということもあるだろう。

 ただ、そーゆー大バクチはハイリスク・ノーリターンに終わることが多いのである。

 俺のン十年に渡るコンピュータ屋としての経験で、最も重要な知見は

「やらずぼったくりは効かない」

ということなんである。
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by signal-9 | 2012-01-06 17:45 | 東電災害 | Comments(0)
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