適当なタイトルが思いつかないのだが。

 反省かたがた、東電災害のカテゴリで自分が記録してきた文章を見直してみた。

 我ながらそんなに大ハズレなことは書いてこなかったようで、ちょっと安心。

 だが、いささか絶望的な気分にもなっている。

 一例を挙げると、俺は4月14日の段階でこう書いていた
だから早急にもっとメッシュの細かいリスクマップを作成する必要があると思うのだ。

 都市部でいえば、まずは子どもが多く集まる場所を優先して調査すべきだろう。
 例えば学校(特に土のグラウンドや花壇)・公園・池などの水たまりなどがあるところなどだ。
(中略)
また、都市部で気になっているのは下水である。

 上水道は入口出口で調べているようだが、下水処理の過程での汚泥に関してはどうか。 コンクリートやアスファイルトは土ほどCsなどを留めないとすると、放射性物質は雨水で流れ、最終的には下水汚泥の中に集まるかもしれない。
 汚泥や、その処理によって出来る焼却灰やスラグの中にCsなどが集まると、今度はその始末を考える必要があるだろう。
 ちなみに、かたくなに
「地上20メートルの計測はおかしい。計測値の低いところだけで計っている」とか「地面近くの子供の背丈ぐらいのところでなぜ計測しないのか」など俗説がツイッター上で流されている。生半可な知識で専門性を否定する風評は許されない。
と、新宿区百人町の地上18メートル計測のデータだけで東京都全域が安全だと、副知事が率先してミスリードしていた東京都が、23区内全域百カ所での計測を完了させたのが6月20日

 下水道の汚泥が問題になるかも、という予想は、およそ一ヶ月後の5月になってニュースになり始めた。 汚泥の始末の方法を考えないと、下水処理システムが立ちゆかなくなるかもという危惧も予想通り(ちなみに、処理に困って基準側を引き上げるだろうというのも予想通り)。

 別に自画自賛しているわけではない。

 この程度のことは多くの人が予想していたし、警告していたことだ。
 そもそも俺のごときド素人が思いつくことくらい、現場のプロは当然予想していなきゃおかしいし、予想していたはずである。

 にもかかわらずこの後手後手感はどうだろう。

 感覚的な話なんだが、行政だけでなくこの事故の当事者にならざるを得なくなった一般大衆を含めて、「する必要があってもしたくない派」「する必要がない事でもしろ派」の両極端があって、ソイツラの声がでかいので、本来必要な「やる必要があり、やれることをやる」がフ~ラフラしてるような気がしてならないのである。

 「する必要があることをする」には、いろいろ意見を交わしたり交渉したり折衷したり妥協点を探ったりといったことが必要なはずだ。その為には、相手の言い分を聞く、という事が前提になるはずである。

 道の両側に分かれてバンバン撃ち合ってるガンマンが迷惑なのと同じように、今の状況下では「極端な立場」 (「我こそが正義」「意見が違えば即罵倒」「1か0か」 etc) というのは、実務性にとって足を引っ張る害悪でしかないと思うのである。
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by signal-9 | 2011-10-21 17:36 | 東電災害 | Comments(0)
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